福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。
今日のごはん、何にしよっかなー。
がっつり肉にしよっかなー。
ん?待て待て、昨日も確か肉を食べたな。
じゃあ、魚にするかなー。
でも、明日は寿司食べるって決めてるしなー。
うーーーーーーーーーーーむ。。。
どっちも選べない。。。
ごはんであればまだ第3の選択肢がたくさんありますが、これが人生の選択となるとなかなかそうはいきませんよね。
そもそもこれがいい!と自分が思ったものではないものを選択してしまうこと自体、妥協案とも言えますよね。
この3か月ほどで、わたしたちの生活スタイルも変化しましたよね。
人との接触が減り今までは感じなかった人恋しさのような寂しさを感じたり、ふと孤独感を感じたり。。。
そんな時に人を素直に求めるか。。。となると、どうもそこには抵抗がある。。。
どっちつかずのダブルバインド状態。
寂しいなら求めたらいいのに、なんでこんなに動けないんだろう?
そんなアンビバレントなアンバランスな自分の心。。。
今日はそんな、
「ひとりは寂しい。でも人と居ると苦しい。」というテーマで書いていきます。
<本当の問題は何か>
ここに潜んでいるのは、愛着の問題です。
人と仲良くなりたい
繋がりを感じたい
輪の中に入りたい
だってひとりぼっちは寂しいから。。。
そう思いながらも、自分から人と本気で繋がりに行こうとすると
拒否されるかもしれない。。。
迷惑かもしれない。。。
自分を出さなければここに居られる。。。
と足を止めてしまう。
繋がることの恐怖を感じているんです。
人と繋がるには、自分を消さないといけない。
人と本音で繋がると、
拒否されてしまいそうで怖い!
責められてしまいそうで怖い!
この場にいられなくなりそうで怖い!
なのでそうならないために、
ダメな自分を隠さないといけない。
自分の欲求を出さなければここに居られる。
これは、 自分自身が育ってきた家族で感じていた感覚でもあるんです。
家族の誰かと関わることは、
自分を抑えガマンすること
誰かの話を聞いてあげること
誰かの機嫌を取ること
誰かに従うこと
誰かを慰めること
そう感じているんです。
だから、そんなことになるくらいなら人と繋がらない方がいい。
自分から孤独を選んでいるんです。
ひとりは寂しいからと人を求めても、人と関わることが苦しくなってしまい、結局ひとりになってしまうんです。
<このままだとどうなるか?>
繋がることが怖いけれど、人と繋がりたい欲求を抱えたままなので人に近づいては離れていくことを繰り返してしまいます。
人といる時は怖さを抱え、人といない時は寂しさを抱えます。
誰かと一緒に居ながらも誰とも繋がれず、いつもひとりぼっちの自分を感じ、人と居ることに疲れながらも孤独から逃れるためにずっと終わりのない頑張りを続けていきます。
孤独を感じないように人に近づこうと頑張り続けても、近づけば近づくほどに自分をどんどん苦しめていくんです。
人と仲良くなりたいと人に近づこうと思っても、自分が心で選んでいるのは孤独なので、自分の思いと行動がバラバラになってしまいます。
人といつまで経っても本音で関わることができず、人といても本音でその場にいることもできなくなっていってしまうんです。
<解決に向けて>
孤独から逃れるために人に近づくのか。
人と温かい交流をしたくて近づくのか。
あなたは何のために人に近付きたいでしょうか?
孤独という恐怖から、自分をどのような方法で守っているでしょうか?
そして、人と居る時間と空間が長くなった時に、何を感じているのでしょうか?
何かから逃れるためと、
何かへと向かうためでは
大きく自分の行き先が変わっていきます。
ひとりは寂しいと思いながらも、どうして自分がひとりを選んでいるのか。
そこにあるあなたの思いと怖さを丁寧にみていくことで、この問題は解決へと向かっていきますよ。
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