わたしの話を聞いて!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

子どもたちと話していると、

「せんせい、あのね!」と同時に何人もから話しかけられることがあります。

もちろんわたしは聖徳太子ではないので、順番に聞くんですが、それでも待てずに話し続ける子ももちろんいます。

 

そこには、

「自分の話を聞いてほしい!」という思いはもちろん、

「自分の話は聞いてもらえない!」という思いも存在します。

 

その思いを募らせたまま大人になるとどうでしょうか?

そうです。。。

聞いて欲しくて自分の話ばかりする。

聞いてもらえないことに耐え切れず、一方的なコミュニケーションをする。

聞いてもらえない怒りを人にぶつける。

そうしてその先に待っているのは孤独です。

 

アナタの周りにはこのように一方的なコミュニケーションを取る人はいないでしょうか?

もしくは、アナタ自身がそうなってはいないでしょうか?

 

今日はそんな自分の話だけを聞いてほしい一方的なコミュニケーションの心理、

「わたしの話を聞いて!」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着投影の問題です。

自分の話だけ聞いてもらいたいのは、自分の話を聞いてもらっていない感覚をずっと抱えているんです。

 

いつも

自分の思うように相手に聞いてほしい。

自分の思うように相手に受け止めてほしい。

自分の思うように相手に関わってほしい。

という思いを抱えています。

 

 

なので、

自分の話を少しでも聞いてくれそうな人に出会うと、

この人は何でも自分のことを聞いてくれるはず。

この人は何でも自分を分かってくれるはず。

この人はどんなことをしても自分と関わってくれるはず。

と期待して、今まで叶わなかった自分の欲求や本音を全てその人に聞いてもらい、分かってもらおうとします。

 

けれどこれは、自分は変わらずに全力で相手を変えようとしているだけです。

相手は当然変わらないので、その無理な期待には応えてはくれません。

そうすると裏切られたように感じて、また怒りと悲しみを抱えて次の自分を全て分かってくれそうな人を探し続けることになってしまいます。

 

そして、ずっとずっと「わたしの話を聞いて!」というコミュニケーションをループし続けて、自分が満たされないままなんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

 

これは、誰との関わりの中でやってきたことなのでしょうか?

 

大抵は、この気持ちの根本は親との関係で起こっています。

 

親との間で、ずっと

親の話をしっかり聞いて、

親の思うように、

親を優先してきたから、

 

自分の気持ちが

置いてきぼりになり、

いつも虚しく空っぽで、

分かってもらえない悲しみと怒りでいっぱいなんです。

 

親との関係で自分を抑えて、親の全てを分かろうとし、全力で親を守ってきた人だからこそ、この怒りと悲しみをたくさん抱えているんです。

 

この

自分の話を聞いてもらえなかった悲しみ。

自分を大切にしてもらえなかった痛み。

自分を受け入れてもらえなかった虚しさ。

自分を認めてもらえなかった怒り。

 

ここに気がついて、目を向けて、受け止めること。

 

それほどの思いを感じていた自分を、なかったことにしないこと。

 

 

自分が受け止めるのでなく、誰かに何とかしてもらおうと思っているからいつまで経っても苦しいままなんです。

 

 

そして、自分の話を全て聞いてくれる誰かを探し続け、目の前の相手に期待しては「これじゃない!」と壊していく。

これでは、孤独でひとりぼっちの自分をより強くしていく人生になってしまいます。

 

 

<解決に向けて>

この傷があるのは、本人やアナタのせいではありません。

けれど、傷を受け入れず放置しているのは本人やアナタです。

それを誰かのせいにして、癒してくれる誰かを求め続けても、本人やアナタが自分の本当の気持ちを見ないと決めている限り、傷が癒やされる日は残念ながら来ないんです。

 

ただただ自分の話を聞いてほしいと思うほどに傷ついている自分の話を、誰より聞いてあげていないのが自分。。。

 

これだと、苦しさはずっと続いてしまいます。

 

自分が自分の本当の気持ちを聞く。

自分が自分の本当の気持ちを受け止める。

自分が自分の本当の気持ちを受け入れる。

これはただ癒やされるというよりは、痛いものです。

この痛みが大きいからこそ、今まで避けてきたはずです。

 

けれど、

この痛みと向き合うからこそ本人やアナタが変わることができるんです

 

自分が自分の痛みを見ると決める。

自分が自分の痛みを感じると決める。

自分が自分の痛みを解決すると決める。

 

ここからが本当のスタートなんだとわたしは思います。