愛着を失っているあなたへ。

子どもが当たり前に抱く

「親から愛されたい。」

「親のことを愛したい。」

という欲求が満たされるかどうかは、生きていく上での土台となる愛着形成に大きく関わることで、人の人生の存在意義の根源に関わるものでもあります。

では、その愛着を失うということは、あなたにどのような影響があるのでしょうか?

愛着の喪失とは。

愛着を失うことは過去の幼少期での出来事であり、何となく今の喪失体験やグリーフの傷とは関係なく感じるかもしれません。

けれど心の安心感や信頼感である愛着を失っているということは、今の自分が経験する喪失体験での不安や不信の気持ちと深く繋がっています。

それほど幼少期の愛着形成は、それからの人生での喪失体験にダイレクトに影響を与えます。

愛着そのものに関しては他のブログでもお話していますので、今回のブログでは詳しくは説明しませんが、この愛着の形成は人の人生に深く影響し、その安定はあなたの心に安心を与え、不安定さは心に不安を与えるものとなります。

だからこそ愛着の喪失体験は、人が人生をかけて見つめていく自身に問われ続ける問題なのかもしれません。

そのようにあなたの人生に大きな影響を与える愛着を喪失したままで放置していると、心に大きな矛盾を抱えながら生きていくことになり、喪失体験を経験した時にその矛盾がさらに大きくなっていくという負の相乗効果が起こり、あなたを絶望の底から動けなくしてしまうことがあります。

なぜ矛盾を抱えてしまうのかと言うと、親との関係性そのものや関係性から感じる想いそのものがとても矛盾した気持ちになりやすいからです。

早く親から離れたいと思いながらも、いつかは愛してくれるはずだと待ち焦がれてしまう自分に疲れ切ってしまう。

親に受け入れてほしいと願い続けながらも、親を拒絶したいと離してしまう自分に戸惑い、嫌気がさしていく。

このように幼少期で親との関係性で生じた葛藤は、そのまま社会との関係性になりやすく、大人になっても人との関係性そのものに矛盾や葛藤や不満や衝突を抱えながら生きていくことが多くなり、それはあなたに自分自身の気持ちを抱えることを難しくさせます。

愛着が失われるということは、求めていた欲求が叶わず、本来であればもらえるはずであった安心感や信頼感を与えられなかったという生きる意味の喪失であり、自分が贈りたかった愛情を受け取ってもらえず自分への不安と不信を重ねるという自己価値の喪失でもあります。

このように愛着を失ったまま生きていくということは、自分が必要としている人に受け入れられていない、求められていないと感じて幼少期を過ごしてきたことであり、大人となり社会での生活においても自分は誰からも必要とされていないと感じやすくなるということに繋がります。

その自分は誰からも必要とされないという想いは、自分への不安や不信でもあります。

自分への不安や不信は、あなたの人生における希望を失わせてしまうことになってしまいます。

継続する葛藤。

愛着を喪失しているということは、そもそも心の基盤を失っているということでもあり、失っている地点が自分のスタートとなっています。

なので、そもそも新たな喪失を受け入れていくだけの心の余白が存在しにくい状態にあります。

この愛着を失った状態で生きている人にとって、何かを喪失することは心に深刻なダメージを与えることを想像することは難しいことではないと思います。

愛着を失っている人は自分に対してそもそも何も持っていないという感覚になりやすく、何かを手に入れて安心するために努力したり、結果を出し認めてもらうために頑張ったり、自分を無くして誰かを喜ばせて自己価値を上げたり、懸命に築き上げることで自分の人生を再建しようとすることが多くあります。

それほどまでに必死に人生を生きてきている人が喪失体験を経験するということは、その人生をかけて築き上げてきた自分自身そのものまでもが、その対象を失うことによって一気に崩れ落ちてしまうことでもあります。

失った事実に対してだけでなく、失った自分自身に対して大きく反応してしまうので、親との関係性で感じてきていた無価値観や虚無感や無力感やみじめさを、今の喪失体験をきっかけにして自分自身へとぶつけていくこともあります。

すると今度は、幼少期に言われていたりされていたであろう言動を自分が自分に対して行うようになってしまい、自分で自分を追い詰めていくようになってしまうケースも多くあります。

愛着をそもそも失っている人が喪失体験を経験すると、大事な存在を失っただけでなく、自分自身の存在価値や存在意義をも見失ってしまうアイデンティティクライシスが起こりやすくなるんです。

喪失体験をする自分に対して、至らなさや恥だと自己否定を強く抱え、自分ひとりで抱えなくてはいけないと思い込みながらも、到底抱えきれないほどの底なしの罰を与えられているようで逃げ出してしまいたくもなってしまい、喪失体験そのものに自分の意識を向けられなくなってしまうんです。

悩みや葛藤を抱え続けるということが、何より苦しくてすぐに結論を出したくなってしまうことが起こりやすくなります。

だから、喪失体験という人生でずっと継続される問いを抱えながら生きていくことに耐えられなくなり、逃げ出したくなるか、諦めてしまうかという極論の結論をすぐに出したくなってしまうんです。

自分の気持ちを自分で抱えられないことは、喪失体験をしたあなたをより失望させます。

与えられず苦しみ、得たからこそ苦しむ。

愛着を求めても叶わず、それを自分の努力によって得てきた。

そのような愛着の喪失から、生きることにずっと不安や不満や不信を抱えてきた人が喪失を経験することは、まさに自分で自分を抱えきれなくなる体験でもあると思います。

最初から与えられなかったことも大きな喪失で、得られていたものを失うこともまた大きな喪失です。

その自分の喪失体験で感じているたくさんの自分の想いを、あなた自身が抱えきれない状態になっているのなら、これからも苦しさは増していくだけになってしまいます。

あなたが喪失体験によってあまりにも苦しい思いをしているのなら、それはもしかすると幼少期のあなたの目から見た親の姿が、今でもあなたの心の中に住み続けているままだからなのかもしれません。

あなたの心が強烈に子どもの心に戻ってしまうのは、子どもの頃に抱いたままのあなたの親への想いが、今のあなたの心を占めているからかもしれません。

ならば、今でも自分の心の中に住んでいる親の存在を見つめ直して、自分で自分を守るための適切な距離を築き直すことがあなたには必要です。

それが過去の愛着の喪失にも、今の喪失での関係性の再構築にも、とても大切なことになります。

それは簡単に見つめ直せるものでも、すぐに築き直せるものでもないとわたしは思います。

だからこそ、自分自身との関係性もじっくりと見つめ直し、築き直すことが今のあなたには何より必要だと思います。

それを誰かと共に行うために、グリーフケアが存在します。

愛着を失った自分を拒否したり、親を否定したり、苦しい想いを抱えているあなたがそのままの自分を丸抱えで生きていけるように、そのひとつとしてグリーフケアも選択肢に入れてもらえると嬉しいです。

あなたの想いを、あなた自身が抱えながら大切にして生きていくことができるようになるように、グリーフケアはあなたと共に在り続けます。

失って絶望の底にいるあなたが、もう一度生きたいと心から思えるその日まで。

どうぞ安心してご相談くださいね。