喪失に耐えられないあなたへ。

見捨てられ不安とはその名の通り、自分が捨てられるかもしれないという自分の不安や恐怖を強く抱きすぎることで、

相手への極度な依存や執着

自身への激しい攻撃や放棄

が行動として起こり、人間関係において、

自分との関係性も

相手との関係性も

破壊的に壊してしまうという結果を招いてしまう状態を言います。

なぜ見捨てられ不安が起こるのか。

過去の親子関係や今までの人間関係などで、

自分が迷惑だから相手が離れてしまう。

自分はいつか相手から捨てられてしまう。

自分のせいで相手は自分の元を去っていく。

というような、過去での大事な存在との別れや離別や自分が見放されたと感じる体験、拒絶や否定や無視の経験によって見捨てられ不安を抱きやすくなります。

見捨てられ不安を強く感じている時に求めているのは、

愛されている確信。

助けてくれる安心。

支えてくれる保証。

ではないかとわたしは思っています。

そしてそれはつまり、人が人生で安心して生きていくための土台となる愛着です。

この心の土台である愛着が安定していないと、心に常に安心感が持てず、ずっと不安な状態が続きます。

そしてその不安の強さから、自分にとって求めなくていい対象や、自分のことを大事にしてくれそうな相手を自ら選んでしまうことが多くあります。

自分の本当には求めていない相手を選ぶことで、たとえ自分が見捨てられてしまう状態になったとしても、最も大事な相手を失うという心の深い傷を負う危険を犯さなくていいからです。

失っても自分があまりダメージを負うことがない相手を選択しておくことが、何より自分を守るための砦となっているんです。

自分を傷つけてこない安全な相手を選択して、自分が本当に大事に想う相手を求めなくていいように、自分のことを必死に守っていくと、誰かひとりとの深く永続的な関係を避けるようになり、関係性が不穏になってくると自分から相手を断つようになっていきます。

そして見捨てられ不安を感じている人の多くは、そのような自分に対して、何かが欠けているという自己否定を根本的に持っています。

なのでその自己否定や不安を何かで埋めるかのように、次から次へと本当には求めていない誰かや何かをずっと自分の周りに集め続けていくようになります。

もしもその中のひとりが自分にとって安全な存在であると確信が持てるようになってくると、その存在に自分のことを守ってもらおうとするようになります。

けれど大抵は相手を求めることに不安を感じます。

本当にこの人は自分を傷つけたり裏切ったりしないのだろうか、と疑ってしまいます。

その不信を確信に変えたくて、相手に対してこの人はいかなる時でも自分のことを見捨てることはないだろうか、とありとあらゆる裏切り行為やお試し行動を繰り返してしまうので、最初は全力で守ってくれていた相手でさえも、その過程においてもう心が疲弊してしまって拒絶されるということが起こります。

自分が求めた途端に相手は限界を迎え去っていく、という状況を自らが作り出してしまうので、また自分は本心を見せると裏切られ、相手を求めると捨てられてしまう、と深く傷ついてしまいます。

自分が本気で愛したり本当に求めたりすると、相手は自分から去っていく。

だから誰にも本気にならない。

という思い込みを強く心に刻んでしまいます。

自分の見捨てられ不安に気づいたら。

それでも心がずっと満たされず、常に満たしてくれる誰かや何かを求め続けてしまうその心の不安定さこそが見捨てられ不安なのではないかとわたし思っています。

その見捨てられ不安を持っていることが悪いわけではありません。

過去のあなたが、過去のあなたを自分だけのチカラで精一杯守るために懸命に頑張った証でもあるからです。

それでも、見捨てられ不安が強い人が喪失体験を経験した時は、さほど強くない人のそれとは大きく違ってきます。

見捨てられ不安が強いと、自分の大事な存在を失うという喪失体験をした時に、自己否定を強めてしまうことが起こりやすくなります。

喪失体験はそもそも自分のことを自分のままでいいと思える自己肯定感が低くなりやすく、自己否定を抱えがちになるのですが、そこに見捨てられ不安が重なってしまうと喪失体験を経験した自分のことを否定してしまうようになり、

失ったのは自分が悪かったせいだ。

自分に価値がないから失ってしまったのだ。

自己否定を深くしたり、無価値感や虚無感を強くしていくようになります。

本来は喪失と自分自身の存在価値や意義とは無関係なのですが、見捨てられ不安が強くあることによって、喪失が自身の無価値や無意味の証明となってしまい、喪失体験そのものをそのままの経験として受け入れていくことが難しくなってしまうんです。

なので、喪失体験そのものがつらいものでありながら、それに加えて喪失した自分自身への自己否定や無価値感により自分に起こった事実を避けてしまうので、いつまでも心の傷が放置されたままになってしまいます。

だからこそ、喪失そのものがあなたにとって耐え難いものになってしまい、喪失した事実を受け入れず認めないことで何とか自分自身を保とうとしているのだと思います。

それほどまでに過去からずっと、心に拠り所がない状態が続いているからではないかとわたしは思っています。

あなたの心の拠り所を築いていくために

もしもあなたが、自分にある見捨てられ不安の存在に気がついたのなら、まずはその自分をどうか責めないであげてください。

あなたはずっと、心の支えを本当は求めていたし、求めても傷つくという経験が繰り返されてきたことによって、自分だけを頼りに頑張ってきたのかもしれません。

だから、求めるという心の動きや行動を極端に嫌い、避けているのかもしれません。

また自分が傷つかなくていいように、最初から求めない。

傷つくくらいなら、自分から切る。

という自分のパターンを作り上げてきたのかもしれません。

それほどまでに、見捨てられ不安が強い人にとって、求めるということは嫌悪や不安や恐怖を伴うものです。

その嫌悪や不安や恐怖こそ、心に安心が薄い人にとって、何より自分自身を乱し、混乱させ、自分を失わせてしまうような受け入れられないものだからです。

人は、それほどまでに忌み嫌い恐れているものを、自分だけのチカラで受け入れていくことは簡単なことではありません。

ひとりでは耐えられないからこそ、誰かのチカラが必要になります。

心の拠り所は、誰かと共に築いていくことが必要な時というのが人には存在します。

喪失体験を経験しグリーフの状態にある時に、自分の意志と行動力だけで自分を守っていくことは守るどころかあなたを危険に晒します。

また、喪失を避け続けて自分を守っていても、喪失は人生の中で何度となく繰り返されていきます。

喪失の傷を放置したまま重ねていくと、あなた自身があなたを失っていきます。

誰かを求めることは苦しいことかもしれません。

何より避けたい選択かもしれません。

あなたが自分の本当の気持ちを求めることができるようになるために、まずはグリーフケアであなたが抱えているものを、あなたの心の内から出してみてほしい、とわたしは思います。

繰り返しますが、見捨てられ不安を抱えているあなたが悪いわけではありません。

見捨てられ不安は消し去らないといけないものでもありません。

あなた自身が、見捨てられ不安をこれは自分のものであり、自分の一部分なのだと認め受けれ入れながら、どのように共に過ごしていくのか、があなたのこれからの人生にとってとても大切なことになるとわたしは思います。

あなたの心の拠り所のひとつとして、グリーフケアを選択して頂けると嬉しいです。       

どうぞ安心してご相談くださいね。