とにかく前に進みたい!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

タイフーンな福岡です。

色々と物をしまい込むんですが、こんな所にこんな物が!?とこの作業をしていなかったら見つからなかったであろう物が発見されたりする、それがタイフーン。

 

タイフーンに限らず、何かをキッカケに気がつくことってありますよね。

自分の心の傷に気がついた時。

自分の問題に気がついた時。

自分の今の状況に気がついた時。

 

アナタはとにかく

早く

すぐに

全てを

解決したくなりませんか?

 

その気持ち、よく分かるんですが

これって実はとても危険なんです。

 

 

今日はそんなすぐに全てを何とかしたくなる心理、

「とにかく前に進みたい!」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

自分の問題に気がついて、前に進むことはいいことなんじゃない?

そう思うかもしれません。

アナタが自分の感情を感じないこと、これが何よりの問題なんです。

自分の今の状況がツラい。

どうしてこうなったのか原因を知りたい。

理由が分かって、自分の問題が見えた。

そしてその問題がいくつもあると気がついた。

 

そんな時、人は焦りますよね。

早く何とかしたい!という気持ちになるのはよく分かります。

 

とにかくすぐに解決したい、言わば

問題をやっつけたい!

何とか取り返したい!

すぐに立て直したい!

 

こんな気持ちになるんだと思いますし、実際にわたしもそんな思いを感じた経験があるからよく分かります。

 

けれどこの時、慌てれば慌てるほど、急げば急ぐほど、大切なものを置いてけぼりにしがちなんです。

 

その大切なものって何だと思いますか?

 

それは、

アナタの気持ち。

アナタの本音。

アナタが感じてきた感情。

です。

 

言葉で聞くと、ふむふむ。そうだろうよ。と思うかもしれません。

 

けれど実際、この自分の感じてきた気持ち、感じている想いを無視したまま、前にどんどん進んで行こうとすることはよく起こります。

 

だって、

その感情そのものを感じることをアナタは今まで避けてきたのだから。

 

 

<このままだとどうなるか>

自分の感じてきたものを封印して、見ないように、感じないようにすることで、アナタは自分が壊れてしまわないように、何とか自分を守ってきたんです。

 

けれど、自分の一番イヤなものを避けて逃げたまま、自分の怖さだけを無くそうとしても、アナタは変わることはできません。

 

感じてきた感情を感じずに切ることで守ってきた自分を握りしめたまま変わろうとしても、誰かに変えてほしい!という依存心が強くなっていくだけです。

 

アナタの感じてきた感情、それは

悲しくて。。。

ツラくて。。。

腹が立って。。。

苦しくて。。。

寂しくて。。。

そんな深い深い絶望。

 

これを感じてしまうのが、アナタは何より怖かったんです。

 

本当は進む方が怖いんだ、というアナタの本音を無視して無理に形だけ進んでも、怖さはどんどん膨らんでいってしまいます。

 

<解決に向けて>

アナタが本当はずっと感じてきた、生きることへの絶望感。

 

感じたくても感じられなかったのは、絶望を感じて崩れて壊れてしまいそうな自分を、誰からも守ってもらっていないからですよね。

 

そして、守ってもらえない自分を信じ続けてきたのは、

求めて拒否される怖さ

求めても変わらない現実

そんな新たな絶望感をもう感じたくなかったからですよね。

 

それほど、アナタは傷ついてきたんだと思います。

 

けれど、

それほどまでに傷ついた自分自身を、1番放ったらかしにしているのは、もしかするとアナタではありませんか?

 

傷があるのに、その傷を見ないまま歩くことを続けても、余計に苦しくなるだけです。

 

アナタがアナタを感じることなく、アナタの人生を前に進めることはできないんです。

 

まずはアナタが、

アナタの感じてきた気持ちに目を向けていきましょう。

アナタが避けてきた気持ちを感じていきましょう。

アナタが逃げてきた気持ちを受け止めていきましょう。

 

そこから、アナタはアナタのために自分の本心から前に進みたいと思えるようになりますよ。

イヤな感情を避け続けるとどうなるか?

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

昨日の福岡は、大雨&雷。

突然変わる空模様に、子ども達はパニックを起こす子もいました。

最初はじっとしていたんですが、雷に耐えきれず、抱っこした瞬間に泣き始めました。

ガマンしてたんだねぇ。。。

怖い時は、怖いって言っていいよ。

自分では大丈夫と思っても、本当は。。。ということはあったりしますよね。

アナタは自分の感情を

どれくらい知っていますか?

どれくらい感じていますか?

 

嬉しい、楽しい、そういったポジティブな感情は感じることはできる。そういう感情は感じていたいし、たくさん感じたい。

 

けれど反対の

悲しい、苦しい、つらいといったネガティブな感情は避けたい。感じたくない。

これって、ほとんどの方が当てはまるのではないでしょうか。

 

自分のイヤな感情なんて避けたい。

なくなればいい。

そう感じてしまいめすよね。

今日はそんな、イヤな感情はアナタにとって本当にジャマなのか?ということを見ていく、

「イヤな感情を避け続けるとどうなるか?」

というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着、自己重要感の問題です。

自分が感情を抑えつけて、イヤな感情を感じないことで自分を守ってきたんです。しかし、抑え続けてきた感情たちは表現の場を求めています。
子どもは、恐怖を感じた時、誰かが側にいてくれることを望みます。
親からその悲しみを受け止めてもらったり、認めてもらったり、確認してもらうことで安心感や自分の価値を育てていきます。
「悲しかったね」
「怖かったんだね」
「本当はこうしたかったんだね」
そんな親からの安心を子どもは必要としています。
悲しくても、そうして受け止めてもらうことで
自分が大切にされていることや、悲しみへの向き合い方を学んでいきます。
しかしそれが叶わないと、自分の感情を確認してもらえず、自分の価値を見失い、自分は親にとって迷惑で邪魔な存在なのだということを信じていきます。

何かに傷ついたり、自分ひとりでは耐えられないような出来事に遭遇した時、まずはその事実や自分の素直な感情を否定し、拒絶することが何より優先になっていくんです。

 

受け入れきれないし、受け入れてしまうと自分が壊れてしまいそうだからです。

 

そうやって、心が自分を守ろうとするんです。

そうすると、子どもは愛されるために自分の行動を決めるようになります。
何かが起こった時に、自分ひとりでは守りきれないので愛されるように振る舞うことで、誰かに側にいてもらおうとします。
周りから愛される存在でいたいと願うのは、周りの基準で生きていくということです。
<このままだとどうなるか>
つまり、ずっと他人の基準で自分を生きていくということになります。

他人の基準で生きていくためには、自分をなくし、感情や欲求を消して、他人を優先して生きていかないといけないんです。

 

なので感情とのつながりを、自ら切ってしまうんです。

 

日常生活を送っていくためにはいちいち感情に振り回されていたら回らなくなるし、立ち止まったところで事実が変わるワケではないんだし。。。

と自分がどんどん分からなくなる。

 

もうあんな思いは2度としたくない!と思っていればいるほど、その傷が深ければ深いほど感情は閉じてしまいがちです。

 

感情なんて、感じている余裕がなくなってしまいます。

目の前のことに対処するだけで精一杯になります。

そうやって自分のことを必死に守っているんです。

誰も自分のことを守ってくれる存在なんていない、そう信じているから。。。

だから、自分の感情なんて感じていたら、自分のことを守れなくなってしまう。。。

 

なのでそうならないように、事実を否定し、自分に言い聞かせたり、大したことじゃないと目をつぶることで自分の感情を切り捨てて、不安を少しでも感じないようにするんです。

こうやって自分の感情を切り捨てて生きた方が、その場はラクでいられるから。

 

けれど、この人生はどうでしょうか?

悲しみや痛みを感じない代わりに喜びや楽しさも失っていく。。。

 

何も感じずに、ただ毎日を生きるだけ。

人を求めることもなく、孤独感と背中合わせ。

自分が何のために生きているのかを見失ってしまいます。

避けているはずなのに、いつも心の底では

価値のない

孤独な

愛されない

自分を感じながら生きることになるんです。

 

<解決に向けて>

 

感情なんていう厄介なものが存在しなければ、傷つくことも、痛みを感じることも、つらい思いをすることもない。

感情というものを感じることが、積み重ねてきた自己否定を思い知ることになってしまう。

感情とは、自分を傷つけ、失った自分の価値を改めて味わせるような恐怖の対象だと信じている。

 

これが本当の事実なのかを自分で確かめることです。

 

感情を切っていても、感じてないということではないんです。

本当は感じているからこそ、避けたいし逃げたいんです。

 

自分の傷から逃れるために感情を切り捨てる限り、過去の痛みからは永遠に逃れられなくなります。

感情とは、自分そのもの。

感情を切るのは、自分自身を切り捨てていることと同じなんです。

自分の感情に間違いなんてありません。

 

なので再びその過去に感じていた感情たちを、同じ強さと深さで感じ、それを安全に表現する。

それをやるのだと、自分が決める。

そのためには、自分への信頼も必要です。

自分を感じること、

素直に表現すること、

本当の望みに気がつくこと、

感情はあなたにそれを教えてくれていますよ。

 

 

わたしの話を聞いて!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

子どもたちと話していると、

「せんせい、あのね!」と同時に何人もから話しかけられることがあります。

もちろんわたしは聖徳太子ではないので、順番に聞くんですが、それでも待てずに話し続ける子ももちろんいます。

 

そこには、

「自分の話を聞いてほしい!」という思いはもちろん、

「自分の話は聞いてもらえない!」という思いも存在します。

 

その思いを募らせたまま大人になるとどうでしょうか?

そうです。。。

聞いて欲しくて自分の話ばかりする。

聞いてもらえないことに耐え切れず、一方的なコミュニケーションをする。

聞いてもらえない怒りを人にぶつける。

そうしてその先に待っているのは孤独です。

 

アナタの周りにはこのように一方的なコミュニケーションを取る人はいないでしょうか?

もしくは、アナタ自身がそうなってはいないでしょうか?

 

今日はそんな自分の話だけを聞いてほしい一方的なコミュニケーションの心理、

「わたしの話を聞いて!」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着投影の問題です。

自分の話だけ聞いてもらいたいのは、自分の話を聞いてもらっていない感覚をずっと抱えているんです。

 

いつも

自分の思うように相手に聞いてほしい。

自分の思うように相手に受け止めてほしい。

自分の思うように相手に関わってほしい。

という思いを抱えています。

 

 

なので、

自分の話を少しでも聞いてくれそうな人に出会うと、

この人は何でも自分のことを聞いてくれるはず。

この人は何でも自分を分かってくれるはず。

この人はどんなことをしても自分と関わってくれるはず。

と期待して、今まで叶わなかった自分の欲求や本音を全てその人に聞いてもらい、分かってもらおうとします。

 

けれどこれは、自分は変わらずに全力で相手を変えようとしているだけです。

相手は当然変わらないので、その無理な期待には応えてはくれません。

そうすると裏切られたように感じて、また怒りと悲しみを抱えて次の自分を全て分かってくれそうな人を探し続けることになってしまいます。

 

そして、ずっとずっと「わたしの話を聞いて!」というコミュニケーションをループし続けて、自分が満たされないままなんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

 

これは、誰との関わりの中でやってきたことなのでしょうか?

 

大抵は、この気持ちの根本は親との関係で起こっています。

 

親との間で、ずっと

親の話をしっかり聞いて、

親の思うように、

親を優先してきたから、

 

自分の気持ちが

置いてきぼりになり、

いつも虚しく空っぽで、

分かってもらえない悲しみと怒りでいっぱいなんです。

 

親との関係で自分を抑えて、親の全てを分かろうとし、全力で親を守ってきた人だからこそ、この怒りと悲しみをたくさん抱えているんです。

 

この

自分の話を聞いてもらえなかった悲しみ。

自分を大切にしてもらえなかった痛み。

自分を受け入れてもらえなかった虚しさ。

自分を認めてもらえなかった怒り。

 

ここに気がついて、目を向けて、受け止めること。

 

それほどの思いを感じていた自分を、なかったことにしないこと。

 

 

自分が受け止めるのでなく、誰かに何とかしてもらおうと思っているからいつまで経っても苦しいままなんです。

 

 

そして、自分の話を全て聞いてくれる誰かを探し続け、目の前の相手に期待しては「これじゃない!」と壊していく。

これでは、孤独でひとりぼっちの自分をより強くしていく人生になってしまいます。

 

 

<解決に向けて>

この傷があるのは、本人やアナタのせいではありません。

けれど、傷を受け入れず放置しているのは本人やアナタです。

それを誰かのせいにして、癒してくれる誰かを求め続けても、本人やアナタが自分の本当の気持ちを見ないと決めている限り、傷が癒やされる日は残念ながら来ないんです。

 

ただただ自分の話を聞いてほしいと思うほどに傷ついている自分の話を、誰より聞いてあげていないのが自分。。。

 

これだと、苦しさはずっと続いてしまいます。

 

自分が自分の本当の気持ちを聞く。

自分が自分の本当の気持ちを受け止める。

自分が自分の本当の気持ちを受け入れる。

これはただ癒やされるというよりは、痛いものです。

この痛みが大きいからこそ、今まで避けてきたはずです。

 

けれど、

この痛みと向き合うからこそ本人やアナタが変わることができるんです

 

自分が自分の痛みを見ると決める。

自分が自分の痛みを感じると決める。

自分が自分の痛みを解決すると決める。

 

ここからが本当のスタートなんだとわたしは思います。

わたしのせいじゃない!!!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

緊急事態も続く中、もう5月も下旬を迎えていますね。

 

色々な生活スタイルの日々が過ぎなからも、

「あー、しんどいなあー。。。」

「何かめんどくさいなあ。。。」

「気分が上がらないなあ。。。」

なんて日もあるのではないでしょうか。

 

その理由がはっきりしていることもあります。

 

まだ寝ていたい。

通学、通勤が苦痛。

人間関係が面倒。

勉強や仕事をしたくない。

 

このように、

会いたくない人がいる、とか

やりたくないことがある、というのは、自分の中でも何となく理由が分かります。

 

でも、

何だかよく分からないけど怖い

ずっと怖さが消えずに憂鬱

という場合は、自分でもどうしていいか分からなくなりますよね。

分からないから、何か理由を見つけたくなります。

そうやって自分を納得させようとします。

そして、見つけるんです。

今の自分がこうなのは、〜のせいなんだ!!!と。

そして理由が見つかると、何となく安心します。

自分だけが悪いんじゃないとホッとしたり、自分のせいじゃないと気持ちが軽くなったりします。

 

今日はそんな理由を探し続けてしまう心理、

「わたしのせいじゃない!!!」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か?>

 

ここに潜んでいるのは愛着の問題です。

 

自分の外側に自分の怖さの理由を探す時、アナタが本当に避けたいのは自分自身です。

 

本当は怖い。

怖くて自分ひとりで抱えられない。

怖さに押しつぶされてしまいそうになる。

そう思うと自分が保てなくなるから、怖いという感情を感じたくない。

 

感じなくていいように、

  • 怖くないと自分に言い聞かせたり
  • 他の何かに注目して誤魔化したり
  • 人を避けたり
  • ひとりを避けたり
  • 誰かを責めたりして

自分を必死に守ろうとします。

 

でも、それほどまでに感じたくないほどイヤな恐怖、

持っていたいのは自分なんです。

 

なぜでしょうか???

 

怖さを持っていれば、自分が本当は求めている

助けてもらうこと

愛してもらうこと

大事にしてもらうこと

安心して繋がること

相手や周りを信じること

をやらなくていいし、諦められるんです。

 

求めているのに、どうしてやらずに済むとホッとするのでしょうか?

 

求めることこそが自分にとって何より怖いからです。

 

求めてしまって

拒否されたら

否定されたら

拒絶されたら

無視されたら

 

本当に感じたくない

価値のない

みじめな

捨てられた

居ても居なくてもいい自分を感じてしまうんです。

 

それだけは感じたくない。

怖いという気持ちで、本当の感じたくない恐怖を隠してしまうんです。

 

 

 

 

<このままだとどうなるか?>

 

怖さを持っておくためには、加害者が必要なんです。

何かのせいで!!!

誰かのせいで!!!

これがあるからわたしは怖いんだ!と自分を納得させないといけません。

 

常に自分に対して害を加えるような存在が必要になります。

 

いつも自分が怖いのは何かのせい、誰かのせい。

 

怖くて求められないんだから、本当にイヤな感情を感じないでいいように、

そっちから来てよ

有無を言わさず助けてよ

あなたからわたしを安心させてよ

と要求していくんです。

 

これって、叶いそうでしょうか???

はい、難しいですよね。。。

 

 

<解決に向けて>

いつも怖くて何かができない。

でも、その怖さを持っていたいのは自分なんだ。

怖さを持っていれば避けられているものがあるんだ。

だから自分は今そうしているんだ。

自分の選んでいるものが何なのかに気がつくことはとても大事なことだと思います。

怖さを理由に

誰かのせい

何かのせい

人のせい

そうしていれば、気がつかなくていい自分の

ズルさ

弱さ

ちっぽけさ

があるんですね。

 

人間、ラクをしたい生き物です。

短期的にラクを選び続けた結果、長期的な苦しみを抱えることは少なくありません。

自分が選んでいるものが苦しみではないか、

実は逃げたいだけではないか、

依存心を隠すためにガマンを正当化してないか、

自分の問題なのだと捉えることが、問題解決の第一歩になっていきますよ。

 

 

 

 

絶望を感じないための希望。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

先日、

「近くで虹がでている!」と聞いて、慌てて外に出て空を見回しまくったんですが、見上げた空には見つけることができず、それでも諦めずにキョロキョロしていたら、何台ものタクシーに道を探している人と勘違いされゆっくりと前を通過されまくったワタクシです。。。

 

虹は、何となく幸福や、希望といったイメージですよね。

 

自分の幸せ。

自分の希望。

 

人生に幸せや希望を求めるのって、当たり前の姿でもありますよね。

 

その幸せや希望が、

アナタにとって今の延長線上にあるものならいいのですが、

今のアナタがツラくて苦しくてたまらない時に、苦しい時こそ前を向け的な、今を乗り切れば幸せが待っているという希望であった場合、これは希望どころかアナタをじわじわと余計に苦しめていきます。

 

今日はそんな、今の苦しみを未来の希望で乗り切ろうとする心理、

「絶望を感じないための希望。」

というテーマで書いていきます

<本当の問題は何か>

これ、愛着が関係しています。

自分の人生に安心できず、

生きることを楽しめず、

生きることを信じられないと、

人は今ではない素敵な未来に希望を託します。

 

いつかきっと。

そのうち必ず。

今じゃなくても。

きっと、きっと。。。

 

そうやって、未来にだけ自分の希望を託す時、アナタは自分の人生に絶望しています。

アナタは人生そのものを「生きたい。」という思いではなく、

生きないといけない。

生きるしかない。

生きていくだけ。

という生き延びるような感覚で生きているんです。

 

 

辛くて

苦しくて

しんどくて

虚しくて

絶望している

その自分人生を、何とか生き抜くために希望が必要なんです。

 

アナタは、

今の自分が感じている大きくて深い絶望を感じないために、未来はきっと幸せだからという希望がないと生きられないんです。

 

希望がなければ生きられない。

それこそが、アナタの問題なんです。

 

 

 

<このままだとどうなるか>

希望を失ったと感じた瞬間は、誰でもが落ち込みます。

 

けれど、希望を失ったアナタは自分の中にある

わたしは愛されないという無価値感、

わたしは必要とされていないという捨てられた感、

わたしはひとりぼっちという孤独感、

わたしには何もないという虚無感、

わたしは利用されていたという怒り、

という大きな深い絶望感にも一緒に触れてしまいそうになります。

 

 

だから自分を無気力にして、この絶望感を必死に避けようとするんです。

見なかったことにするんです。

 

必要な経験だった、

自分のためを思ってくれた、

こうするしかなかった、

そう自分を納得させながら、何とか希望で自分を繋ごうとします。

 

希望が壊れたら、生きていけないから。

 

希望を見ることで、今のアナタのツラさや苦しみから、目を逸らすことができるから。

 

けれど、

このままだとアナタは自分の希望が壊れたと感じた瞬間に、自分の人生そのものが壊れたと感じることになってしまいます。

 

本当に自分が感じているものから

逃げ続けて

避け続けて

代わりのもので埋めて

アナタはアナタの人生を生きられるでしょうか?

 

<解決に向けて>

まずはアナタが、自分の人生に絶望していることに気がつくことがスタートです。

 

自分の人生そのものや、生きることに絶望しているアナタが、

そこから回復するためには自分が感じている絶望をアナタがしっかりと受け入れ、受け止めないといけません。

 

本当は感じている自分の絶望を感じずに、目を背けたままだと、アナタは生きることがつらいままなんです。

 

その絶望感を感じることは、とても怖くてつらいことでもあります。

 

ひとりでは受け入れきれないからこそ、

ひとりでは受け止め切れないからこそ、

アナタには誰かの助けが必要なんです。

 

アナタのその大きくて深い絶望を

否定せず一緒に受け止めて、

拒否せず一緒に受け入れて、

ただただ一緒に感じてくれる、

アナタには人が必要なんです。

 

アナタがアナタのために、自分から勇気を出して求めることへ挑戦してほしいと思います。

 

アナタが助けを求めないと、アナタを救うことはできないから。

 

そこから

絶望を感じないための希望

が、

アナタを生きるための希望

へと変わっていきますよ。

 

 

居心地のいい距離感とは???

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

ソーシャルディスタンスが言われるようになって、もう1年以上経ちましたね。

 

人との距離をできる限り保つ。

 

その影響を多くの人が受けていますよね。

 

人との距離感を

ぬくもり

親密さ

と感じている人は、人と距離感を遠く感じたかもしれません。

 

反対に、人との距離感が

重さ

縛り

期待

と感じている人は、関わらないでいいことにはホッとしながらも、どこかで不全かんを感じたりしたかもしれませんね。

 

 

近くても遠くても、なんだかしっくりとこない人との距離感。

 

 

今日はそんな、人と関わる時のアナタがいつも取っている距離感の心理、

「心地いい距離感とは???」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

人との距離が近い。

人との距離が遠い。

そもそも距離感というものが分からない。

 

そんな人との距離感に悩む方、多いのではないでしょうか。

 

これ、実は愛着の問題が潜んでいるんです。

 

距離感は、時によって、相手によって変わるものです。

  • 自分は心地いいけど、相手は不快。
  • 自分は不快だけど、相手は心地いい。
  • 自分も相手も、不快。

これは、人との距離感が分からない状態です。

 

だから、

  • 自分も相手も心地いい

そういう距離感で人と付き合いたい。

 

けれど、

自分にとって

相手にとって

心地いい距離感が分からない。

 

近すぎたり、遠すぎたり、どちらかを行き来したりして、もう人との付き合いそのものが分からなくなってしまう。。。

 

 

これって、

大人になっての人との距離感は、小さい頃の母親との距離感と関わっているからなんです。

 

 

アナタが子どもの頃に母親との距離が近かったと感じていたなら、今現在も人との距離感が近い傾向にあります。

反対にアナタが母親との距離が遠かったと感じていたなら、今現在も人との距離感が遠い傾向になるんですね。

 

これが、お互いにとって心地いい距離感のうちはいいんですが、

近すぎて重い。。。

遠すぎて寂しい。。。

だから真逆をやってみようとするけど、それも苦しくなってやめてしまう。

これでは人との心地いい距離感なんて分かるはずがありませんよね。

 

 

<このままだとどうなるか>

人との距離を

近づけると苦しくなって遠ざける。

遠くなると寂しくなって近づいていく。

 

これをずっと繰り返すだけで、アナタは自分の心地よい距離をずっと分からず、人との関わりそのものを面倒に感じて、避けるようになってしまうんです。

 

 

人との距離が分からず避けたままでいると、アナタはひとりで孤独を抱えて生きていくことになります。

 

ひとりは

寂しい

苦しい

つらい

と感じながらも、

距離感が分からずに不快な思いを感じたくなくて、自分から孤独を選んでしまいます。

 

アナタはこれからの人生を、ずっと孤独のままで過ごしたいでしょうか?

 

人との距離が分からない、それはアナタが自分自身を見失っている状態です。

 

母親との関係において、

相手が正しい

自分より相手を大切にするもの

自分の気持ちは間違っている

という関係が成立していると、アナタは自分自身という存在を抑えて、無くすことが相手との関係を保つということになっていきます。

 

自分の心の中に、自分ではなく他人を存在させているんです。

 

なので、人の意見に流されやすくなったり、自分の意見そのものが分からなくなったりします。

 

なので当然、人との関係は

脆く

壊れやすく

危うい

不安定なものになっていくんです。

 

 

母親との距離感が不安定だと、人との距離感も不安定になります。

 

お母さんのことがわからない。。。その不安な気持ちの積み重ねは、段々と自分のことが分からない、という気持ちを作っていきます。

 

自分という存在が分からず、心には自分以外の他人しか住んでいない。

 

自分という人間や存在が何なのか、分からないまま過ごしていくんです。

 

<解決に向けて>

まずはアナタがアナタに、

自分はどうしたいのか?

自分はどう感じているのか?

自分はどうありたいのか?

を自分に聞くことです。

 

自分を感じたくないから、アナタは人との距離も感じたくなくて分からなくしているんです。

 

自分を感じなければ、

人との関係で生まれる

イザコザの怒り

面倒くさい怖さ

しがらみという抑圧

自分の至らなさや失敗

嫌われる悲しみ

などを感じなくていいし、

それがアナタを守る唯一の方法になっているんです。

 

 

けれど、その守り方の先に待っているのは孤独です。。。

アナタは本当にその守り方のままでいいでしょうか?

 

 

人との距離感が分からないのは、自分という存在が分からないから。

そこから、自分と人との違いが分かるようになり、自分の中に自分でいていい安心感が生まれます。

そうやって自分とも、人とも距離感が分かるようになっていきますよ。

 

自分との距離をアナタがまずは取り戻しましょう!

 

 

 

 

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怒りのスイッチ

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

いつも穏やかな心で。。。

笑顔を忘れずに。。。

どんな時も冷静に。。。

 

そうやって自分を律している人。

人間関係でも、そういう人が大人の振る舞いとして見られることが多いですよね。

 

けれど、普段からそうやって気をつけている人ほど、一旦怒り出すと止まらない、なんてことがよく起こります。

 

まるで人が変わったように、突然急変して怒り狂ってしまう。

 

自分でどうにもできないくらい、スイッチが入ったように怒りが止まらなくなってしまう。

 

もしかしたら、アナタもそんなことがあるかもしれません。

 

 

今日はそんな一瞬にして怒りが沸き上がってしまい、その怒りが止まらない心理、

「怒りのスイッチ」というテーマで書いていきます。

なぜ、いきなりアナタの怒りのスイッチは押されてしまうのでしょうか?

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着、自己重要感の問題です。

自分で自分のことを大切にできずに、どんな自分でも大丈夫なんだと受け入れられない。。。

それが、怒りのスイッチとどんな関係があるのでしょうか?

 

それは。。。

怒りのスイッチを押し、怒ることで避けられる感情がある、ということなんです。

 

怒りのスイッチを押して、怒りまくったり、相手を攻撃したり、ストレスを発散することでアナタが本当に見なくていいもの。

それは。。。

 

自分は分かってもらえない。

自分は助けてもらえない。

自分は愛してもらえない。

 

という深い深い悲しみ。

 

アナタがずっと幼い時から本当は感じていたこの悲しみやつらさや痛みなんです。

 

これを感じてしまうと自分がとてもじゃないけど耐えきれないから、怒りのスイッチを押して、その痛みをはね返そうとするんです。

 

怒りを使って、

分かってもらえない悲しみ

助けてもらえないつらさ

愛してもらえない痛みを

何とか自分の中に入れないようにしているんです。

 

<このままだとどうなるか>

怒りのスイッチを使っていれば、アナタにとってイヤな感情は感じないでいられます。

 

なので、自分を保つことができます。

 

しかし、相手の話を最後までじっくり聞いたり、相手と折り合いをつけて話し合ったり、交渉したりすることをしないままで、とにかくスイッチを入れて、怒りで相手をはね返そうとしてしまいます。

 

そうすると、相手との関係はギクシャクしてきます。

 

話を聞かずに、怒り出してしまい、責め立てられたら、相手も当然離れていってしまいます。

 

なので、イヤな感情を感じなくていい代わりに、アナタはどんどん孤立して、孤独感に苛まれていくことになってしまいます。

 

自分の悲しみやつらさや痛みを避けようと怒りのスイッチを入れれば入れるほど、アナタは孤独感を募らせていってしまうんです。

 

そして孤独に耐えきれず、また誰かに関わりに行き、また怒りのスイッチを押して人間関係を壊す、ということを繰り返してしまうんです。

 

<解決に向けて>

感じたくない。

避けたい。

逃げたい。

その思いが強ければ強いほど、アナタの中にある傷も大きなものなんです。

 

傷を持ったまま人と関わったら、痛くて怖くて、「触らないでー!!!」と相手を拒絶したくもなりますよね。

 

だからまず、アナタの中に傷があることに気がつくことなんです。

 

怒りのスイッチを押してしまう自分をダメだと責めるその前に、どうしてアナタが怒りのスイッチを押さなければいけないのか。

 

怒りのスイッチを押してまで、アナタは自分を必死に守ろうとしているだけなんです。

 

だから、まずはその傷を見ないといけないんです。

 

傷を見つけて、

痛みを逸らさず、

手当てをすること。

 

そうすれば、

怒りのスイッチを使わなくても、アナタがアナタを守れるようになります。

 

傷を避けるのではなく、アナタの傷を見ることから始めてみませんか?

 

 

心の傷の回復

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

東日本大地震から、もう10年経つんですね。

あの日、あの時、心が消えてしまうような経験をされた方もおられると思います。

 

震災のように目に見える大きな傷としてではなく、自分の中で心を消してしまうような経験を持ってる方もおられることと思います。

 

自分が消えてしまいたい。。。

そう思ってしまうほどのアナタの心の傷。

 

もちろん起こった出来事や経験そのものを、無かったことにしてしまう事はできません。

 

そんな中、傷ついたアナタが時間と共に回復していくことは嬉しいこと。

 

けれど、

忘れてしまいたいほどの出来事や

痛くてたまらないほどの経験から

いざ自分が回復しようとしたその時に、アナタの中でそんな自分を許せない気持ちが出てくることってありませんか?

 

あの日、あんなに悲しいことがあったのに。

あの時、あんなに心が凍結したのに。

あれから、あんなに時が経っているのに。

 

それなのに、どうして自分はあれから何の変わりもなく過ごしているんだろう。

そんな心の傷を抱える人にとって、時間が経ち、段々と元気を取り戻していく自分すがどうしても許せないことはあります。

 

 

 

今日はそんな、回復していく自分を許せない心理

「心の傷の回復」というテーマで書いていきます。

 

どうしてアナタは

傷ついた自分を、

回復しようとする自分を、

そんなに許せないのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か>

傷から回復していく自分が許せない。

ここにあるのは、愛着、自己肯定感の問題です。

 

時が止まったあの場で、

もう消えてしまえたらよかったのに。

もう、生きることなんて終わればよかったのに。

わたしなんて、死んでしまえばよかったのに。

 

それほどまでに傷ついたアナタの心も、時間と共に癒えていくものは確かにあります。

そんな経験をしたにも関わらず、これまで自分はよく生きてきたと自分を褒めてあげる日もやって来たかもしれません。

 

それでも、あの日。

あんなに

苦しかったのに、

辛かったのに、

悲しかったのに、

虚しかったのに、

惨めだったのに、

悔しかったのに、

怖かったのに、

心が消えたのに、

生きることを選択した自分を許すことができない。

 

 

あの瞬間の自分が、ただ死ぬ勇気がないから生きるという選択をしたずるい人間にしか思えない。

 

あの傷ついた日から、ずっとずっと自分が自分のことを許せていないんです。

自分がこんなに傷ついたのは、自分が悪いからだと心の底では思っているんです。

 

もちろん、段々と頑張って生きてきた自分のことを認めることはできるようになっていきます。

 

 

しかしながら、

根本の根元の部分で、生きることを選択した自分をズルいと感じている。

 

裏切り者のような、卑怯者のような、そんな後ろめたさを抱えている。

 

許せないから、わざわざ

自分を傷つけるように

自分に罰を与えるように

自分が不幸でいるように

生きていってしまうんです。

 

だから苦しいんです。

 

自分なんている意味がない。

自分に生きる価値なんてない。

思いだしたままの自分の存在価値の無さや無力さを、ずっとずっと癒せていないんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

この人生はいつ終わってもいい。

生きていても何も面白いことなんてない。

そう感じながら刹那的に生きることになります。

 

傷ついた自分。

ボロボロの自分。

どうしようもない自分。

 

 

アナタは、

この自分を誰かに見せようとはしていませんか?

見せることで、誰かに振り向いて欲しいと思っていませんか?

 

 

幼少期のアナタは、そんな不運で不幸で不遇な自分を見せることで親からの

関心

お世話

関わり

をもらえていたのではないでしょうか。

 

 

アナタは、自分を自分で

傷つけ

ボロボロにし

どうしようもなくすることで

親や人との繋がりを感じることができるんです。

 

 

そして、このままだと

こんな自分にしたのはアンタのせいだ!と

親のせいにして、親への怒りと恨みで生きていくことになってしまいます。

 

 

<解決へ向けて>

恨んでまでも繋がっていたい愛情。

この切ないほどのアナタの中にある愛情に気がついてあげませんか?

 

傷があることで繋がれるなら、アナタは傷がないと人と繋がれなくなってしまいます。

 

生きていくことが、ずっと傷つくことになってしまいます。

 

 

傷がないと人と関われない。

アナタは、自分の傷を利用しないと生きられないほど、本当のあたたかい、安心した繋がりを求めているんです。

 

 

アナタの傷は、もちろんアナタのせいではありません。

ただ、アナタの傷をこれからどうしていくかはアナタ次第です。

 

自分の生き方に気がついて、その生き方から傷を癒やし、回復するためにアナタができることは何でしょうか?

 

 

自分の傷を

そのまま見つめて、

そのまま感じて、

そのまま受け入れることではないでしょうか。

 

それはとても怖いことです。

今までのアナタは、それをずっとひとりで何とかしないといけなかった。

だから受け止めきれなかったんです。

 

その怖さに震える自分を、アナタはまた放っておきたいですか?

 

アナタが、

自分が自分を助けると決意する。

 

そう決めた時こそ、アナタの傷は回復へと向かいます。

ひとりでできないと感じるなら、周りの助けもぜひ求めてみてくださいね。

人に迷惑なんてかけられない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

幼稚園での片付けの時間に、

「ここはオレにまかせとけ!」と、年少組が持っているおもちゃを片付けてくれる年中さん。

 

おお。。。

カッコええ。。。と思わずホレそうになるのと、

年長組に進級する意識が高まってるではないか!と嬉しさを噛み締めるのとを同時に味わっていたところ、その年少さんから返ってきた返事は、

「いい!じぶんでする!」でした(笑)

 

そう。

年少さんだってもうすぐ進級。

自分の出来ることをやる喜びや、次は自分たちが小さい子のお世話をするんだという意識も、もちろん出てきているんですね。

 

そんな子ども達の成長を感じる中、これが大人だとそうはいかないなあ、なんて思いました。

 

人に何かを頼むぐらいなら自分でする。

それがたとえ自分のキャパオーバー気味のことだったとしても、誰かに助けを求めるなんてしない。

誰かの分は手伝えるけど、自分が手伝ってもらうことはできない。

 

そういう声って、よく聞きますよね。

 

今日はそんな

人に迷惑をかけるくらいなら、自分で何とかしようとする心理、

「人に迷惑なんてかけられない!」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

これは、愛着自己重要感の問題です。

人に迷惑をかけたくない。

迷惑をかける自分を感じたくないし、そんな自分を許せない。

それはアナタが、

自分は迷惑な存在だと自分に思っているんです。

 

自分の存在は迷惑に違いない、と心の底ではずっと思っているから、新たに人に迷惑をかけるなんてとんでもない。

かけてしまったら

この場に居られる気がしなかったり

自分の価値の無さを感じてしまったり

自分が壊れてしまうような

とてつもない怖さを感じてしまう。。。

 

 

そもそも、迷惑なんてお互い様。

それを助け合うのが人間関係です。

アナタは、誰に対してそんなに迷惑な存在だと思っているのでしょうか?

 

 

そう。

両親に対してですよね。

アナタは両親に対して迷惑にならないように

  • 自分のことは自分でやる
  • 早くから自立する
  • 親を積極的に助ける
  • 人の面倒をよく見る
  • 人のことも引き受ける

そうやって、たくさんたくさん両親の役に立ってきたのではないでしょうか。

 

 

相手の役に立ったり

相手に満足してもらえたら

自分が迷惑な存在ではなく、ここに居てもいい存在なんだと思えるから。。。

 

 

 

<このままだとどうなるか>

自分は人に迷惑をかける存在だからこそ、これ以上人には迷惑をかけられない。

なので、

自分が人からどう見られているのか、

自分が人からここにいることを認めてもらえているのか、

自分は人から必要とされているのか、

ということをずっと気にしながら生きることになります。

 

人生の主人公が自分ではなく他人なんです。

 

けれどそれは、

自分から他人に譲り、

自分から他人のために生き、

自分で自分を投げ出すことで、

自分を生きるということになるんです。

 

 

一定の期間であれば、それは他人から認めてもらうための頑張る力になるかもしれません。

 

けれど、それが人生という長いスパンで見たらどうでしょうか?

 

ずっとずっと自分をどこかに放っておきながら、他の誰かから安心をもらうためにずっと動き続けるアナタを想像してみてください。。。

 

その姿は、生き生きとしていますか?

本当に楽しそうですか?

心から安心していますか?

 

 

アナタは自分の安心やシアワセを、他人からしかもらえない自分人生をどう感じるでしょうか。

 

 

もうすでに、それが苦しい。

それがつらい。

アナタは本当はそう感じているかもしれません。

 

でもそれを認めてしまうと今までの自分や、自分の生きていく場所を失いそうで怖くて」やめられずにいるんですよね。。。

 

 

<解決に向けて>

今までの自分は何だったんだろう。。。

頑張ってきた自分を失うことはとても怖いことです。

 

だってアナタは必死に自分を失くしてまで、迷惑な自分が露見しないように細心の注意を払って人のために尽くして頑張ってきたんです。

 

まずは、その自分をゆっくり労ってあげましょう。

今の自分をやめるの怖いよねって。

頑張りながらも苦しくつらかった自分に目を向けてあげましょう。

 

そうしたら、ずっと苦しいままの自分でこれからも生き続けたいかをアナタがアナタに聞いてあげたらいいんです。

 

自分を迷惑な存在と思うことでアナタはたくさん頑張れてきたし、人からの信頼も得られて、良い人でもいられた。

 

けれどアナタが自分を大切にするということは、自分は迷惑な存在という自分が幼い時に決めた自分のルールから出ることになります。

 

 

怖さがアナタを止めているんです。

 

 

怖くてイヤなら、そのイヤも認めてあげる。

その怖さを自分で見る勇気と覚悟を、アナタが持てるかどうかなんです。

 

 

人のあたたかさを受け入れて生きていくことが、アナタにとっては不快で心地よくないことになっているんです。

 

誰かに変えてもらい、誰かに決めてもらう人生から

アナタが今の自分を選んで変えていく人生へ。

 

アナタがアナタの生き方を選ぶ。

 

そこから問題解決は始まりますよ。

 

理想の自分を崩したくない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

最近、

自己重要感は大事だ。

ありのままの自分を愛そう。

そのままのアナタでいい。

という言葉、よく耳にしますよね。

 

 

では突然ですが、

アナタは自分のことを愛していますか?

そう聞かれた時に、アナタはどう答えますか?

 

素直に愛していると答えられる、それはとても素晴らしいことですよね。

 

しかし、その「愛している自分」とはどんな自分でしょうか?

 

 

そこに、

ポジティブな

素敵な

輝いている

そんな自分しか想像できなかったとしたら、アナタが愛している自分は、

理想の自分なのかもしれません。

 

 

 

今日はそんな、理想の自分でいようとする心理、

「理想の自分を壊したくない!」というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

ここに潜んでいるのは自己重要感、愛着、自己愛の問題です。

自己愛とは、自分を愛し、信じ、感じながら生きることです。

 

この自己愛が傷つくと、自分そのものを愛せず、信じられず、誤魔化しながら生きることになります。

 

自分のありのままを愛することができない。

だから理想の自分をいつも頭で想像し、その理想的な自分でいようとします。

 

 

本来、人間は

いいところもよくないところも、

長所も欠点も、

得意も不得意も、

どちらもあるものです。

 

けれど自己愛が傷つくと、人よりも劣っている部分が自分に存在するのが許せず、自分には優れている部分しか存在しないのだという幻想を抱くことになります。

 

 

なので、できない自分を隠したり、周りにバレないようにウソをついたり、人からよく見られようと努力して理想の自分になろうとします。

 

 

この自分の理想化の問題は、アナタが自分を愛することができなくて起こっています。

 

アナタは自分自身を感じてその感覚や感情を感じるよりも、親や、親の理想とする自分を感じ取ってきたんです。

 

 

親を感じ取ることで親を信じ、親の理想とする自分を感じ取ることで理想の自分を演じ、親から受け入れてもらってきたんです。

 

 

そうしないと、アナタが一番欲しかった親からの愛情がもらえなかったんです。

 

 

だから、

親の役に立てなかったり

失敗したり

間違ったり

期待に応えられない

そんな自分のダメなところは必死に隠さないといけなかったんです。

 

アナタは、理想の自分が壊れてしまうのがそれほど怖いんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

理想の自分だけをずっと見て、演じ続けていくことはとても苦しいことです。

いつメッキが剥がれてしまうかと怯え、周りを常に警戒しながら自分に鞭を打ち続けているようなものです。

 

 

アナタが自分の弱さを自分で直視できないということは、自分のよわさも、他人の弱さも受け入れられません。

 

常に誰からも愛されるために、自分で自分の価値を作り出さないといけないんです。

 

そのために、周りの人を

否定したり

拒否したり

思い通りにしようとすることで

自分の価値を見出そうとするようになります。

 

 

そうするとどうでしょうか?

 

 

この状態が続くとアナタの周りから段々と人が離れていきます。

 

アナタは孤独に自分の

価値の無さや

空っぽさや

虚しさを

ずっと否定して逃げながら、

自分の価値を保つために

理想の自分を崩さないために

人と関わっては否定し、拒絶されることを繰り返していくことになります。

 

 

<解決に向けて>

アナタがありのままの自分を愛せないのは、アナタに価値がないからではないんです。

 

アナタの空っぽさや虚しさ、価値の無さの多くが親との間に感じた感情です。

親からもらった感情なんです。

 

 

親自身が子どもであるアナタを見ていると、投影で自分の価値の無さを感じてしまったんんです。

 

 

だから、理想の子育てをすることや、子どもを自分の理想通りに育てることで、自分の空っぽさや虚しさ、価値の無さを埋めたかったんです。

 

 

それは、

理想の自分でないと居られない世界。

人からの評価がないと生きていられない世界。

 

 

アナタはその世界の中にまだずっと居たいでしょうか?

 

 

自分の人との関わり方に本当に危機感を持った時、アナタは今まで居続けた世界から出ることができます。

 

 

アナタは今までの理想の世界で、誰を思い通りにしたかったんでしょうか?

思い通りにできなかった怒りや恨みを、今のアナタの身近な周りの人にぶつけてはいないでしょうか?

 

 

アナタがそこから出ることを決めた時、この問題は解決へと向かいますよ。