怒りのスイッチ

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

いつも穏やかな心で。。。

笑顔を忘れずに。。。

どんな時も冷静に。。。

 

そうやって自分を律している人。

人間関係でも、そういう人が大人の振る舞いとして見られることが多いですよね。

 

けれど、普段からそうやって気をつけている人ほど、一旦怒り出すと止まらない、なんてことがよく起こります。

 

まるで人が変わったように、突然急変して怒り狂ってしまう。

 

自分でどうにもできないくらい、スイッチが入ったように怒りが止まらなくなってしまう。

 

もしかしたら、アナタもそんなことがあるかもしれません。

 

 

今日はそんな一瞬にして怒りが沸き上がってしまい、その怒りが止まらない心理、

「怒りのスイッチ」というテーマで書いていきます。

なぜ、いきなりアナタの怒りのスイッチは押されてしまうのでしょうか?

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着、自己重要感の問題です。

自分で自分のことを大切にできずに、どんな自分でも大丈夫なんだと受け入れられない。。。

それが、怒りのスイッチとどんな関係があるのでしょうか?

 

それは。。。

怒りのスイッチを押し、怒ることで避けられる感情がある、ということなんです。

 

怒りのスイッチを押して、怒りまくったり、相手を攻撃したり、ストレスを発散することでアナタが本当に見なくていいもの。

それは。。。

 

自分は分かってもらえない。

自分は助けてもらえない。

自分は愛してもらえない。

 

という深い深い悲しみ。

 

アナタがずっと幼い時から本当は感じていたこの悲しみやつらさや痛みなんです。

 

これを感じてしまうと自分がとてもじゃないけど耐えきれないから、怒りのスイッチを押して、その痛みをはね返そうとするんです。

 

怒りを使って、

分かってもらえない悲しみ

助けてもらえないつらさ

愛してもらえない痛みを

何とか自分の中に入れないようにしているんです。

 

<このままだとどうなるか>

怒りのスイッチを使っていれば、アナタにとってイヤな感情は感じないでいられます。

 

なので、自分を保つことができます。

 

しかし、相手の話を最後までじっくり聞いたり、相手と折り合いをつけて話し合ったり、交渉したりすることをしないままで、とにかくスイッチを入れて、怒りで相手をはね返そうとしてしまいます。

 

そうすると、相手との関係はギクシャクしてきます。

 

話を聞かずに、怒り出してしまい、責め立てられたら、相手も当然離れていってしまいます。

 

なので、イヤな感情を感じなくていい代わりに、アナタはどんどん孤立して、孤独感に苛まれていくことになってしまいます。

 

自分の悲しみやつらさや痛みを避けようと怒りのスイッチを入れれば入れるほど、アナタは孤独感を募らせていってしまうんです。

 

そして孤独に耐えきれず、また誰かに関わりに行き、また怒りのスイッチを押して人間関係を壊す、ということを繰り返してしまうんです。

 

<解決に向けて>

感じたくない。

避けたい。

逃げたい。

その思いが強ければ強いほど、アナタの中にある傷も大きなものなんです。

 

傷を持ったまま人と関わったら、痛くて怖くて、「触らないでー!!!」と相手を拒絶したくもなりますよね。

 

だからまず、アナタの中に傷があることに気がつくことなんです。

 

怒りのスイッチを押してしまう自分をダメだと責めるその前に、どうしてアナタが怒りのスイッチを押さなければいけないのか。

 

怒りのスイッチを押してまで、アナタは自分を必死に守ろうとしているだけなんです。

 

だから、まずはその傷を見ないといけないんです。

 

傷を見つけて、

痛みを逸らさず、

手当てをすること。

 

そうすれば、

怒りのスイッチを使わなくても、アナタがアナタを守れるようになります。

 

傷を避けるのではなく、アナタの傷を見ることから始めてみませんか?

 

 

心の傷の回復

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

東日本大地震から、もう10年経つんですね。

あの日、あの時、心が消えてしまうような経験をされた方もおられると思います。

 

震災のように目に見える大きな傷としてではなく、自分の中で心を消してしまうような経験を持ってる方もおられることと思います。

 

自分が消えてしまいたい。。。

そう思ってしまうほどのアナタの心の傷。

 

もちろん起こった出来事や経験そのものを、無かったことにしてしまう事はできません。

 

そんな中、傷ついたアナタが時間と共に回復していくことは嬉しいこと。

 

けれど、

忘れてしまいたいほどの出来事や

痛くてたまらないほどの経験から

いざ自分が回復しようとしたその時に、アナタの中でそんな自分を許せない気持ちが出てくることってありませんか?

 

あの日、あんなに悲しいことがあったのに。

あの時、あんなに心が凍結したのに。

あれから、あんなに時が経っているのに。

 

それなのに、どうして自分はあれから何の変わりもなく過ごしているんだろう。

そんな心の傷を抱える人にとって、時間が経ち、段々と元気を取り戻していく自分すがどうしても許せないことはあります。

 

 

 

今日はそんな、回復していく自分を許せない心理

「心の傷の回復」というテーマで書いていきます。

 

どうしてアナタは

傷ついた自分を、

回復しようとする自分を、

そんなに許せないのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か>

傷から回復していく自分が許せない。

ここにあるのは、愛着、自己肯定感の問題です。

 

時が止まったあの場で、

もう消えてしまえたらよかったのに。

もう、生きることなんて終わればよかったのに。

わたしなんて、死んでしまえばよかったのに。

 

それほどまでに傷ついたアナタの心も、時間と共に癒えていくものは確かにあります。

そんな経験をしたにも関わらず、これまで自分はよく生きてきたと自分を褒めてあげる日もやって来たかもしれません。

 

それでも、あの日。

あんなに

苦しかったのに、

辛かったのに、

悲しかったのに、

虚しかったのに、

惨めだったのに、

悔しかったのに、

怖かったのに、

心が消えたのに、

生きることを選択した自分を許すことができない。

 

 

あの瞬間の自分が、ただ死ぬ勇気がないから生きるという選択をしたずるい人間にしか思えない。

 

あの傷ついた日から、ずっとずっと自分が自分のことを許せていないんです。

自分がこんなに傷ついたのは、自分が悪いからだと心の底では思っているんです。

 

もちろん、段々と頑張って生きてきた自分のことを認めることはできるようになっていきます。

 

 

しかしながら、

根本の根元の部分で、生きることを選択した自分をズルいと感じている。

 

裏切り者のような、卑怯者のような、そんな後ろめたさを抱えている。

 

許せないから、わざわざ

自分を傷つけるように

自分に罰を与えるように

自分が不幸でいるように

生きていってしまうんです。

 

だから苦しいんです。

 

自分なんている意味がない。

自分に生きる価値なんてない。

思いだしたままの自分の存在価値の無さや無力さを、ずっとずっと癒せていないんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

この人生はいつ終わってもいい。

生きていても何も面白いことなんてない。

そう感じながら刹那的に生きることになります。

 

傷ついた自分。

ボロボロの自分。

どうしようもない自分。

 

 

アナタは、

この自分を誰かに見せようとはしていませんか?

見せることで、誰かに振り向いて欲しいと思っていませんか?

 

 

幼少期のアナタは、そんな不運で不幸で不遇な自分を見せることで親からの

関心

お世話

関わり

をもらえていたのではないでしょうか。

 

 

アナタは、自分を自分で

傷つけ

ボロボロにし

どうしようもなくすることで

親や人との繋がりを感じることができるんです。

 

 

そして、このままだと

こんな自分にしたのはアンタのせいだ!と

親のせいにして、親への怒りと恨みで生きていくことになってしまいます。

 

 

<解決へ向けて>

恨んでまでも繋がっていたい愛情。

この切ないほどのアナタの中にある愛情に気がついてあげませんか?

 

傷があることで繋がれるなら、アナタは傷がないと人と繋がれなくなってしまいます。

 

生きていくことが、ずっと傷つくことになってしまいます。

 

 

傷がないと人と関われない。

アナタは、自分の傷を利用しないと生きられないほど、本当のあたたかい、安心した繋がりを求めているんです。

 

 

アナタの傷は、もちろんアナタのせいではありません。

ただ、アナタの傷をこれからどうしていくかはアナタ次第です。

 

自分の生き方に気がついて、その生き方から傷を癒やし、回復するためにアナタができることは何でしょうか?

 

 

自分の傷を

そのまま見つめて、

そのまま感じて、

そのまま受け入れることではないでしょうか。

 

それはとても怖いことです。

今までのアナタは、それをずっとひとりで何とかしないといけなかった。

だから受け止めきれなかったんです。

 

その怖さに震える自分を、アナタはまた放っておきたいですか?

 

アナタが、

自分が自分を助けると決意する。

 

そう決めた時こそ、アナタの傷は回復へと向かいます。

ひとりでできないと感じるなら、周りの助けもぜひ求めてみてくださいね。

人に迷惑なんてかけられない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

幼稚園での片付けの時間に、

「ここはオレにまかせとけ!」と、年少組が持っているおもちゃを片付けてくれる年中さん。

 

おお。。。

カッコええ。。。と思わずホレそうになるのと、

年長組に進級する意識が高まってるではないか!と嬉しさを噛み締めるのとを同時に味わっていたところ、その年少さんから返ってきた返事は、

「いい!じぶんでする!」でした(笑)

 

そう。

年少さんだってもうすぐ進級。

自分の出来ることをやる喜びや、次は自分たちが小さい子のお世話をするんだという意識も、もちろん出てきているんですね。

 

そんな子ども達の成長を感じる中、これが大人だとそうはいかないなあ、なんて思いました。

 

人に何かを頼むぐらいなら自分でする。

それがたとえ自分のキャパオーバー気味のことだったとしても、誰かに助けを求めるなんてしない。

誰かの分は手伝えるけど、自分が手伝ってもらうことはできない。

 

そういう声って、よく聞きますよね。

 

今日はそんな

人に迷惑をかけるくらいなら、自分で何とかしようとする心理、

「人に迷惑なんてかけられない!」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

これは、愛着自己重要感の問題です。

人に迷惑をかけたくない。

迷惑をかける自分を感じたくないし、そんな自分を許せない。

それはアナタが、

自分は迷惑な存在だと自分に思っているんです。

 

自分の存在は迷惑に違いない、と心の底ではずっと思っているから、新たに人に迷惑をかけるなんてとんでもない。

かけてしまったら

この場に居られる気がしなかったり

自分の価値の無さを感じてしまったり

自分が壊れてしまうような

とてつもない怖さを感じてしまう。。。

 

 

そもそも、迷惑なんてお互い様。

それを助け合うのが人間関係です。

アナタは、誰に対してそんなに迷惑な存在だと思っているのでしょうか?

 

 

そう。

両親に対してですよね。

アナタは両親に対して迷惑にならないように

  • 自分のことは自分でやる
  • 早くから自立する
  • 親を積極的に助ける
  • 人の面倒をよく見る
  • 人のことも引き受ける

そうやって、たくさんたくさん両親の役に立ってきたのではないでしょうか。

 

 

相手の役に立ったり

相手に満足してもらえたら

自分が迷惑な存在ではなく、ここに居てもいい存在なんだと思えるから。。。

 

 

 

<このままだとどうなるか>

自分は人に迷惑をかける存在だからこそ、これ以上人には迷惑をかけられない。

なので、

自分が人からどう見られているのか、

自分が人からここにいることを認めてもらえているのか、

自分は人から必要とされているのか、

ということをずっと気にしながら生きることになります。

 

人生の主人公が自分ではなく他人なんです。

 

けれどそれは、

自分から他人に譲り、

自分から他人のために生き、

自分で自分を投げ出すことで、

自分を生きるということになるんです。

 

 

一定の期間であれば、それは他人から認めてもらうための頑張る力になるかもしれません。

 

けれど、それが人生という長いスパンで見たらどうでしょうか?

 

ずっとずっと自分をどこかに放っておきながら、他の誰かから安心をもらうためにずっと動き続けるアナタを想像してみてください。。。

 

その姿は、生き生きとしていますか?

本当に楽しそうですか?

心から安心していますか?

 

 

アナタは自分の安心やシアワセを、他人からしかもらえない自分人生をどう感じるでしょうか。

 

 

もうすでに、それが苦しい。

それがつらい。

アナタは本当はそう感じているかもしれません。

 

でもそれを認めてしまうと今までの自分や、自分の生きていく場所を失いそうで怖くて」やめられずにいるんですよね。。。

 

 

<解決に向けて>

今までの自分は何だったんだろう。。。

頑張ってきた自分を失うことはとても怖いことです。

 

だってアナタは必死に自分を失くしてまで、迷惑な自分が露見しないように細心の注意を払って人のために尽くして頑張ってきたんです。

 

まずは、その自分をゆっくり労ってあげましょう。

今の自分をやめるの怖いよねって。

頑張りながらも苦しくつらかった自分に目を向けてあげましょう。

 

そうしたら、ずっと苦しいままの自分でこれからも生き続けたいかをアナタがアナタに聞いてあげたらいいんです。

 

自分を迷惑な存在と思うことでアナタはたくさん頑張れてきたし、人からの信頼も得られて、良い人でもいられた。

 

けれどアナタが自分を大切にするということは、自分は迷惑な存在という自分が幼い時に決めた自分のルールから出ることになります。

 

 

怖さがアナタを止めているんです。

 

 

怖くてイヤなら、そのイヤも認めてあげる。

その怖さを自分で見る勇気と覚悟を、アナタが持てるかどうかなんです。

 

 

人のあたたかさを受け入れて生きていくことが、アナタにとっては不快で心地よくないことになっているんです。

 

誰かに変えてもらい、誰かに決めてもらう人生から

アナタが今の自分を選んで変えていく人生へ。

 

アナタがアナタの生き方を選ぶ。

 

そこから問題解決は始まりますよ。

 

理想の自分を崩したくない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

最近、

自己重要感は大事だ。

ありのままの自分を愛そう。

そのままのアナタでいい。

という言葉、よく耳にしますよね。

 

 

では突然ですが、

アナタは自分のことを愛していますか?

そう聞かれた時に、アナタはどう答えますか?

 

素直に愛していると答えられる、それはとても素晴らしいことですよね。

 

しかし、その「愛している自分」とはどんな自分でしょうか?

 

 

そこに、

ポジティブな

素敵な

輝いている

そんな自分しか想像できなかったとしたら、アナタが愛している自分は、

理想の自分なのかもしれません。

 

 

 

今日はそんな、理想の自分でいようとする心理、

「理想の自分を壊したくない!」というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

ここに潜んでいるのは自己重要感、愛着、自己愛の問題です。

自己愛とは、自分を愛し、信じ、感じながら生きることです。

 

この自己愛が傷つくと、自分そのものを愛せず、信じられず、誤魔化しながら生きることになります。

 

自分のありのままを愛することができない。

だから理想の自分をいつも頭で想像し、その理想的な自分でいようとします。

 

 

本来、人間は

いいところもよくないところも、

長所も欠点も、

得意も不得意も、

どちらもあるものです。

 

けれど自己愛が傷つくと、人よりも劣っている部分が自分に存在するのが許せず、自分には優れている部分しか存在しないのだという幻想を抱くことになります。

 

 

なので、できない自分を隠したり、周りにバレないようにウソをついたり、人からよく見られようと努力して理想の自分になろうとします。

 

 

この自分の理想化の問題は、アナタが自分を愛することができなくて起こっています。

 

アナタは自分自身を感じてその感覚や感情を感じるよりも、親や、親の理想とする自分を感じ取ってきたんです。

 

 

親を感じ取ることで親を信じ、親の理想とする自分を感じ取ることで理想の自分を演じ、親から受け入れてもらってきたんです。

 

 

そうしないと、アナタが一番欲しかった親からの愛情がもらえなかったんです。

 

 

だから、

親の役に立てなかったり

失敗したり

間違ったり

期待に応えられない

そんな自分のダメなところは必死に隠さないといけなかったんです。

 

アナタは、理想の自分が壊れてしまうのがそれほど怖いんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

理想の自分だけをずっと見て、演じ続けていくことはとても苦しいことです。

いつメッキが剥がれてしまうかと怯え、周りを常に警戒しながら自分に鞭を打ち続けているようなものです。

 

 

アナタが自分の弱さを自分で直視できないということは、自分のよわさも、他人の弱さも受け入れられません。

 

常に誰からも愛されるために、自分で自分の価値を作り出さないといけないんです。

 

そのために、周りの人を

否定したり

拒否したり

思い通りにしようとすることで

自分の価値を見出そうとするようになります。

 

 

そうするとどうでしょうか?

 

 

この状態が続くとアナタの周りから段々と人が離れていきます。

 

アナタは孤独に自分の

価値の無さや

空っぽさや

虚しさを

ずっと否定して逃げながら、

自分の価値を保つために

理想の自分を崩さないために

人と関わっては否定し、拒絶されることを繰り返していくことになります。

 

 

<解決に向けて>

アナタがありのままの自分を愛せないのは、アナタに価値がないからではないんです。

 

アナタの空っぽさや虚しさ、価値の無さの多くが親との間に感じた感情です。

親からもらった感情なんです。

 

 

親自身が子どもであるアナタを見ていると、投影で自分の価値の無さを感じてしまったんんです。

 

 

だから、理想の子育てをすることや、子どもを自分の理想通りに育てることで、自分の空っぽさや虚しさ、価値の無さを埋めたかったんです。

 

 

それは、

理想の自分でないと居られない世界。

人からの評価がないと生きていられない世界。

 

 

アナタはその世界の中にまだずっと居たいでしょうか?

 

 

自分の人との関わり方に本当に危機感を持った時、アナタは今まで居続けた世界から出ることができます。

 

 

アナタは今までの理想の世界で、誰を思い通りにしたかったんでしょうか?

思い通りにできなかった怒りや恨みを、今のアナタの身近な周りの人にぶつけてはいないでしょうか?

 

 

アナタがそこから出ることを決めた時、この問題は解決へと向かいますよ。

周りが見えない。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

先日、乗りたい電車に間に合わない!と大急ぎで駅まで全力疾走した際に、財布とケータイを落としました。。。

落としたことに大慌て!!!なんですが、電車の時間も間に合わない!!!とバグってしまい、そのまま財布とケータイを落としたことを消そうとしたんですね。。。

 

緊急事態ではなくても、このように慌てて焦って周りが見えなくなることってありますよね。

 

 

間に合わないと慌てる。

時間に遅れると焦る。

ひたすら走って急ぐ。

 

急いでいる時ほど自分を焦らせて、

焦って動くことで不安をかき消そうとするんです。

 

 

その時って、自分の判断能力、言うなら思考そのものがストップしてしまっています。

 

だから自分の周りで何が起きているのか、全く見えません。

 

それはそうですよね。

自分に何が起きているのか分からない状態で、自分の周りがどうなっているのかなんて見えませんから。

 

だけど、それは

自分がパニック気味でバグってしまい、心中は不安だらけの状態にも関わらず

周りからは、

自己中心的

空気が読めない

人を利用している

と捉えられてしまうかもしれません。

 

あなたはすごく困っているのに、周りから助けてもらうどころか、避けられてしまうなんてイヤですよね???

 

今日はそんな

自分の心とは裏腹に、やることが裏目になってしまう心理

「周りが見えない。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

例えば、

時間に遅れる。

約束を果たせない。

自分のミスで迷惑をかける。

そんな風に、自分のよくない部分が露呈してしまうと慌てる状況が起こった時。

 

何か慌てることをキッカケに、自分のダメさがバレてしまうという図式が自分の中に出来上がって、何とか自分のダメさがバレてしまわないように間に合わせようと自分を急かすんですね。

 

 

自分のダメさがバレてしまわないように。。。

バレないために、とにかく動き回ることでその場の怖さから逃れようとして、自分の本当に必要なものが分からなくなってしまうんです。

 

動き回ることで、

失敗をした

迷惑をかける

ダメな自分

という現実から逃れようとするんです。

 

 

事実を受け入れられない時、思考回路を止めることで自分を守ろうとするんです。

 

周りの状況も、自分の状態も一瞬で分からなくしてしまうんですね。

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着の問題です。

 

わたし達は、

ひとつのことしか考えられていない時、

何かに自分が囚われている時、

自分が何かを決めつけている時、

自分の視野というのは、ものすごく狭くなっています。

まさに、周りが見えない状態とはこれです。

 

 

自分の意見や考えに拘らず、周りをもっと見たらいいじゃないの???

そう思いますよね???

 

では想像してみてください。

周りの人達の様々な思いや意見や行動。

その全てを受け入れる自分を。。。

 

 

どうですか???

嬉しいですか???

そう。

できませんよね。

全ての周りの人の思いや意見や行動を、全て受け入れることなんてできないんです。

 

できないことなのに、それをやらなければいけないと思っていることこそが問題なんです。

 

この思いの根っこにあるのは、

「全ての人に愛されたい!!!」という感情です。

 

失敗したり

迷惑をかけたり

ダメな自分を見られたら

自分は愛されなくなってしまう、という恐怖があるんです。

 

 

愛されない自分は生きられない。

愛してもらわないと自分には生きるチカラはない。

この、子どもの頃に信じ込んでしまった信念を、大人になった今でもしっかり握りしめているんです。

 

全ての人に愛されるというのは、全ての人の基準で生きていくということです。

 

いつも相手が基準になります。

 

自分が何を感じ、どう考え、どう行動するかよりも、相手からどう思われるのかということに自分が集中してしまいます。

 

相手の基準と言いながら、その相手の基準も確かめていないので、結果、自分が思う相手の基準を決めつけて、その枠に当てはめていくんです。

 

自分は愛されたくて、必死に相手の基準に合わせているつもりでも、相手を自分の枠に当てはめようとしているだけなんです。

 

自分から見た相手の基準。

そこだけに一点集中しているんです。

 

だから、

本当の周り

本当の目の前の相手

のことなんて見ていないんです。

 

本当の自分さえ、分かりません。

 

見てしまうと、事実は残酷だと思っているから、いつまでも視野を狭めて、自分の枠の相手の基準だけを集中して見ているんです。

 

そうすると自分は傷つかないでいられるから。

これほどいい事はありません。

 

周りを見ずに、自分の枠の中の相手を見ていれば自分が傷つかずに安全でいられる。

 

大きな安心です。

でも、その安心は偽りなんです。

 

<このまま続くとどうなるか>

全ての人から愛されたくて、人から嫌われないように自分の全神経を集中する。

 

嫌われてないか、愛してくれているか、自分の行動は不快でないか、相手に確かめたいけど、確かめてしまって自分の願っている現実を知るのはつらい。

 

相手や周りに合わせているのに、なぜかいつも人間関係関係でモメてしまう。

 

こんなに相手や周りのことしか考えてないのに、自分勝手だと言われてしまう。

 

それが続くとどうなるでしょうか???

 

自分の周りから人が居なくなり、あなた自身も人と関わっていこうという気持ちがなくなっていきますよね。

 

そして、孤独になっていきます。

 

ひとりは寂しいと感じながらも、人と関わることは面倒くさい。

 

物理的にも、心理的にも、ひとりぼっちを感じていくようになるんです。

 

全ての人から愛されたい。

それは、全ての周りの人の基準で生きていくということなんです。

 

<解決に向けて>

ちなみに、財布とケータイですが。

駅から来た道を戻って、

「おそらく、この辺のはず。。。」

と探し回るものの、財布とケータイは見つからず。

血の気も引きながら、もう仕方がないな、と覚悟を決めた時、道の端にわたしのケータイケースを見つけたんです。

ケータイと財布を、わざわざ優しい誰かが一緒に寄せてくれていました。

 

ケータイケースをわざわざ上に置いて、見えやすいように置いててくれたんだと思います。

 

焦って慌てて、遅刻した自分への罪悪感や、出来なかった自分への嫌悪感、これからどうしようという不安に向いている時は全く目に入らなかったんです。

 

一つのことしか考えていない時は、視野も狭くなるんですね。

 

 

周りから愛してもらわなければ、自分は生きていけない。

 

この思いに囚われ、その考えだけに一点集中していたら、当然ながら視野も狭く狭く偏っていきます。

 

自分の中で作り上げた都合の良い相手の基準でしか物事が見れなくなってしまいます。

 

自分は生きていていいんだろうか。

その不安を周りの人に埋めてほしいから。

 

 

その不安は、誰かに埋めてもらうのもではないんです。

あなたがあなたに「ここに居ていいよ。」をあげない限り、自分の中に安心感は育たないんです。

 

周りを見えなくして、自分の枠の相手を見る。

自分の枠の相手の判断基準で生きていこうとする。

そうすることで、愛されようとする。

 

これって、現実的にできそうでしょうか???

 

それよりも、

自分の愛されていない恐怖に怖くても向き合い、自分が自分の基準で生きていく。

あなたがあなたで生きることへの許可を、自分で出せるようになる方が人生は断然生きやすくなります。

 

 

怖さや不安を自分のものとして自分が向き合うかどうかで、この問題は解決へと向かいますよ。

 

 

 

 

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変わりたい! 〜こんな自分がイヤ!〜

福岡心理セラピストリトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

ああ。。。

変わりたい。。。

そんな風に思う時ってありますよね。

 

上手くいかなかったり、

間違えたり、

想いが届かなかったり、

誤解されたり、

イヤなことをやったり、

自分のズルさをみたり、

理解されなかったり、

怒られたり、

失敗したり、

恥をかいたり。。。

 

そんな自分に出会うたびに、

「もう、こんな自分はイヤだ。。。変わりたい!」

と感じる人は多いと思います。

 

今までの自分のやり方にホトホト困ってしまって、もう自分が変わるしかないんだ!と一念発起。

 

そうやって自分を変えてきたという人も、当然多いのではないでしょうか。

 

 

自分の一部を変えたいという自分を変えたい。

自分の全部を変えたいという自分を変えたい。

 

これは自分を変えたいと感じる動機が大きく違っているんです。

 

自分のやり方という自分の一部として捉えられているならば、次へと繋がる改善の余地ということになるんですが、これが自分自身という自分の全てとなるとまた話は別なんです。

 

 

今日はそんな自分を変えたい心理、

「変わりたい。〜こんな自分はイヤ!〜」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

先ほども言いましたが、一言で自分を変えたいと言っても動機は同じではないんです。

 

自分の一部を変えようと思う時、何のために自分を変えたいと思っているのかが自分の中ではっきりしていますよね。

 

そこを変えたくても変えられないと思う時、自分に問題意識も芽生えます。

 

起こった問題を自分の事として捉えることができたなら、問題解決への道も近まります。

 

でも、自分の全部を変えたい時は一体どうすればいいんでしょうか???

 

 

 

<本当の問題は何か?>

 

この、自分の全てを変えたい時に起こっているのは愛着の問題です。

 

自己否定や劣等感、自己肯定感の薄さです。

 

自分なんてダメだ。。。

自分はどうしようもない人間なんだ。。。

こんな自分はイヤだ。。。

自分の全部を変えたくなるのは、今までに自分に対してこのような思いをたくさん経験してきたからかもしれません。

 

みじめで、

悔しくて、

腹ただしくて、

無力で、

情けない、

そんな自分をたくさん感じてきたのだと思います。

 

 

そして、そこにはこうありたい自分の像があるんです。

 

いつも実現できない理想像でもあります。

 

いつも届かないから、自分を否定したり拒絶したりするんです。

 

いつも実現できず、いつも届かない

 

ならばその理想を変えたらいいのに、自分をとことん否定して、何とか理想の自分に近づこうとするのはなぜでしょうか???

 

自分のための理想ではないからです。

誰かのための理想だからなんです。

 

そう、多くは親のための理想の自分なんですね。

 

 

親の願いや期待を背負い、親の役に立ちながら迷惑をかけないように生きてきているんです。

 

 

親のために生きてきたんです。

親のために自分を否定しているんです。

 

自分を否定していれば、親の期待に添えるように自分を変えようと努力することができるんです。

 

この感覚で生きていると、ずっとずっと

相手のために

誰かのために

自分を変えようと努力することになります。

 

 

<このままだとどうなるか?>

 

動機が相手のために自分を変えることなので、自分を変えることで相手からの見返りも期待しています。

 

ここに居てもいい

愛してもらえる

生活が保証される

いい関係が築ける

関わりをもらえる

繋がっていられる

 

そんな安心の感覚を、自分を否定することでもらおうとしているんです。

 

 

自分を否定していれば安全。

自分を否定して自分のことを変えようと頑張れば、誰かが認めてくれたり、関わってくれたりするんです。

 

これだと自分をイヤだと否定することをやめられずに、相手のために自分を変えようとするばかりになってしまいます。

 

変わりたい!と自分をどんどん否定しながら消していって、そうすることで誰かに安心をもらうために生きる人生になっていくんです。

 

安心をもらうためには、自分のダメなところを永遠に探し続けないといけなくなってしまいます。

 

 

<解決に向けて>

 

変わりたい!と自分がそう思った時、どうして自分が変わりたいのかはとても大切なんです。

 

それがダメな自分を変えたい!という思いからきているのであれば、

なぜあなたがダメな自分を変えないといけないのか?

なぜあなたが今の自分を否定しないといけないのか?

自分に聞いてみましょう。

 

 

ダメな自分を変えようとすることで、イヤだったけれどたくさんの安全を得てきた自分。

 

自分を否定することで、苦しくても安心を人からもらっていた自分。

 

 

その自分をしっかりと感じてみて、これからの自分はどう生きていきたいのかを自分に、何回でも何度でも問うてみたらいいと思います。

 

イヤだけど、今までそうすることで自分が得てきたものの大きさ。

 

これをどうしたいかを自分が決めることで、この問題は解決へと向かっていきますよ。

 

 

 

 

 

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自分から求めるということ。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

先週の連休で、リトリーブサイコセラピーのセラピスト合宿に参加させてもらってきました。

 

通称、鬼ヶ島合宿と呼ばれるネーミングだけでも覚悟が必須なことが伝わってくる合宿です。

 

人の心とは不思議なもので、自分のその時の心理状態によって目の前に見える現実がそれぞれ違ったものに見えるんですね。

 

目の前の講師がおっそろしい鬼に見える。。。

見たくない現実や、作り出す恐怖に、自分がまさに荒んだ鬼ヶ島にいるような感覚になる。。。

なんてことはなかった。。。こともなかったですが、本当に濃い4日間でした。

 

もちろん、ここでは心理セラピストとしての在り方や技術的なことも学ぶんです。

 

自分がどのような目標を立てて、達成するためにどうするのかをやり抜く4日間。

 

でもね。。。もう、ほぼほぼメンタルです。

theメンタルです。。。

あはは。。。は。。は。。。はは。。。は。。。。。ははは。。。

 

 

 

何度も何度も「やるぞ!!!」と「怖い!!!」を繰り返す4日間。

 

「ぬりゃ!!!」と「へにょ。。。」との葛藤の4日間。

 

自分から欲しいものを掴みに行く4日間。

 

本当に深くて濃くて大きな学びの4日間でした。

 

今回はそんな自分の体験から感じたこと、

「自分から求めるということ。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

あなたもこんなことってないですか???

 

やると決めたはずなのに、すぐにその決意を引っ込めてしまう。。。

欲しくてたまらないのに、諦めてしまう。。。

そもそも欲しいなんて言えない。。。

今の現実で何となく満足だからこれ以上求めない。。。

もらえるならもらうけど、自分からは欲しがったりしない。。。

 

 

ありますよねー。。。

自分から言わない。

自分からは動かない。

変わらないことが大事で、欲しいなんて自分から求めない。

 

 

求めないことで

傷つかないように

安全でいられるように

絶望しないように

自分のことを守っているんです。

 

 

求めないことでそうやって様々な怖いことやリスクから守っていて、何に困ると思いますか???

 

それは

欲しいものが手に入らない。

本当に望んでいるものが叶わない。

ということが起こることです。

 

 

当然と言えば当然です。

自分から

欲しいものを求めず

欲しいと言わず

今ある与えられたもので満足させようと思っていたら、それは自分の望むものは手に入ることはありません。

 

それで自分が何も問題を感じずに、幸せならばそれでいいと思うんです。

 

でも、もしも

欲しい気持ちを諦めて

傷つくことを避けて

今あるもので納得させようと

あなたが無理をしているなら、

それは自分を無にしようとしていることと同じです。

 

 

自分で自分を消そうとしているんです。

 

 

消さないと、

抑えてしまわないと、

潰してしまわないと、

自分の欲求を感じてしまうから。。。

 

 

欲求を感じたら、

自分らしく

自分の人生を

叶わない可能性の責任も含めて

これからは自分を生きていくということを体験することになってしまうんです。

 

 

それが恐ろしくてたまらないなら、それはもう自分で自分を止めるしかありません。

 

色々な

怖さ

悲しみ

苦しみ

痛み

を使いながら。。。

 

 

そう、だから求めないって実はラクなんです。

 

 

わたしはどうせ叶わない。

求めたら傷つく。

誰も助けてなんてくれない。

自分にこう言い聞かせながら、自分をどんどん諦めていきます。

 

 

わたしもこの合宿で、ブチ当たりました。

何と言ってもメンタル合宿です。

勢いと根性だけでは超えられません。

 

 

わたしには叶える力なんてない。

求めることは絶対に絶望すること。

絶望したら誰も助けてなんてくれない。

 

自分が自分に対してこう思っているなんて、受け入れるのも正直イヤですよね。

 

だから、

傷つきたくなくて

そんな自分を見たくなくて

今居るところにずっと止まっているんです。

 

これ、どうやったら解決すると思いますか???

 

わたしの場合の解決策は

でした。

仲間でした。

繋がりでした。

ひとりじゃない!!!ってことでした。

 

 

つらかったり

苦しかったり

痛かったり

その過去はキレイさっぱり消し去ることはできません。

 

 

それでも、超えていくことはできます。

自分への素直な気持ちを育てていくことはできます。

 

だって

本当は欲しかったんです。

本当は求めたかったんです。

本当は守ってもらいたかったんです。

 

あなたも本当はそうではなかったですか???

 

 

欲しかったのは、

お父さんとお母さん。

 

求めていたのは、

お父さんとお母さん。

 

動いて飛びつきに行きたかったのは、

お父さんとお母さん。

 

自分の手でしっかりと掴みたかったのは、

お父さんとお母さん。

 

握りしめて守り返して欲しかったのは、

お父さんとお母さん。

 

 

ガマンして出てこないように抑えてきたのは、

お父さんとお母さんへのその大切な自分の想い。

 

 

あなたが今、欲しいものは何ですか???

それは自分から求めていますか???

 

 

自分から必死に求めて

自分から動き始めて

自分から掴みに行って

そこまでして欲しいと思った気持ちは、

みじめでも

悲しいものでも

恥ずかしいものでも

ありません。

 

 

わたしも、久しぶりに思い出しました。

この、

求めると失う。

求めてしまうと何も無くなってしまう。

求めることは絶望すること。

という痛い感覚を。

 

 

薄まったり、和らいだり、癒されたと思っていても、ふと思い出すことは誰にでもある当たり前のことです。

 

それが生きているってことだから。

 

 

それでも、その痛みが強く深いと、もう2度と味わうことのないように

感じたり

経験したり

怖かったり

することを避けようとするんです。

 

 

だけどその時、自分が

自分に何をしてあげられるのか。

自分は何を求めているのか。

どう助けてもらいたいのか。

それは毎回思い出す度に更新していけます。

 

だからこそ

自分を生き、

自分で考え、

自分を愛し、

自分を感じ、

自分を信じ、

その日々を自分と共に積み重ねていくしかないのだと思います。

 

 

今あなたが人生で行き詰まり、助けを求めているのなら

自分から求めることが何より大切です。

 

その勇気と覚悟は、きっとあなたが自分を救うことへと繋がりますよ。

 

 

 

 

 

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自分のペースが分からない。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

「自分のペースを大事にしたい。」

「自分のペースで進んで行きたい。」

誰かと話しながらや、誰かの話題でこの言葉を聞くことってありませんか???

あなたは、自分のペースとはどんなペースだと思いますか???

尚且つ、自分が心地よいペースとは何だと思いますか???

 

自分が何を重視しながら物事に取り組んでいるのか。。。

スピードなのか。

正確さなのか。

広く浅くか。

狭く深くか。

テキパキか。

丁寧か。

挙げればキリがないですが、どのペースがあなたにとって心地よいペースになるでしょうか。

 

人にはそれぞれ、自分の力を存分に出せるペースがあります。

 

だけど、自分のペースがそもそも分からない。。。

自分のペースだと思って進んでいるのに、何だかしんどい。。。

どんなペースが自分に合っているのか、どのペースが心地よいのかが分からない。。。

そんな自分のペース迷子のアナタや自分のペースにこだわりまくるアナタへのブログです。

 

 

今日はそんな自分のペースについての心理、

「自分のペースが分からない。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

仕事や勉強を進めていく上で、スピードや要領、重点などに気を配ることが多いのではないかと思います。

 

そして、それを求められていると感じることもありますよね。

 

スピードを速く、要領よく、重点を絞って取り組む。

 

それを目標にする時というのは、自分の感覚や感情を一旦脇に避け、後回しにもします。

 

1回1回自分の感じていることを確認しながらでは、スピードや要領を重視することが難しいからです。

 

自分のペースが分からない時というのは、自分の感情を後回しにして、やらなければいけないと思っているペース、誰かに認められるペースで進めている時なんです。

 

では、自分のチカラが最大限に出せる時というのは、一体どういう時なのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か?>

 

この自分のペースが分からない状況で起こっているのが愛着の問題です。

 

自分のペースで歩けないのは、そこに安心感がないからです。

 

安心感が分からないんです。

 

ではここでいう安心感とは何でしょうか?

 

それは、

自分はこの世界に

対応できる

適応できる

順応できる

という感覚です。

 

ペースが速いことがよいことだと思って頑張り続ける。

でも段々と辛くなり、充電切れのように何もできなくなる。

今度は、ゆっくりすることが自分のペースだと思い、止まってみても落ち着かずにまた頑張ろうと速いペースへと戻っていく。

 

なのでどれが自分のペースなのか分からないまま、全力で動くか、止まって何もしない、ということの繰り返しをしてしまう。

 

自分は、この世界に対応できていない。。。

 

そう感じるのが怖くて、自分の感覚というものを信じられなくなってしまっているんです。

 

安心してこの世界にいることができない。

頑張らないとこの世界に順応できない。

自分のペースが分からないのは、安心してそこに居られないからなんです。

 

 

<このままだとどうなるか?> 

自分の感覚を信じられないということは、自分の感覚を感じることもできないんです。

 

適応できない自分を感じたくないので、自分を感じなくていいように分からなくさせていくんです。

 

自分を感じることを止めてしまいます。

 

なので、自分の心地よいペースが分からなくなっていくのは当然なんです。

 

自分の心地よいペースを分からなくして、その代わりに人から見て頑張っているように見えるペースや、人から認めてもらえるペースに合わせて進むようになっていきます。

 

安心感が分からないと、他人軸になっていくんです。

安心は人からもらい、与えてもらうものだと思い込んでいくんです。

 

なので、全てのことを自分で選ぼうとしなくなってしまうんです。

 

 

<解決に向けて>

 

自分は世界に対応できない。。。

この感覚はとても怖いものです。

 

どこにいても適応できない自分。。。

そんな自分は感じたくないものです。

 

だから感じないように、順応できない自分がバレないように、人から見て溶け込めているペースを探し続けてしまう。

 

この人から見たペースがイヤだと思うなら、自分が心地よいペースへと戻していけばいいですよね。

 

そのためには、

安心をもらえてない自分

求めていたことをしてもらえなかった自分

本当は繋がりたかった自分

安心を求めているのに、安心することが本当は怖い自分

不安から行動している自分

その今まで消してきた自分の感覚を感じることから始めたらいいと思います。

 

 

自分のペースで生きていくことを消してまで、人のペースで生きてきたんです。

でも、そうすることで自分が守ってきたものは何でしょうか???

 

そこを自分に聞いていくことで、問題の根本が見えてきますよ。

 

 

 

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願わざれども命は咲き、願えども命は散る

アサイド

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

暑い中のお盆ですね。

 

例年は、お寺に行きお経を上げてもらいお参りをする、ということが多かったのですが、今年はコロナもありお寺ではお経も上がらないようで説法もナシでお参りだけの予定です。

 

そんなお寺の説法好きのわたしですが、数年前だったでしょうか。

お盆に聞いた説法で心に残っているのが、

「願わざれども花は咲き、願えども花は散る」という話でした。

 

 

読んで時の如く、世の中の無情を花に例えながらのお話だったのですが、花というよりも私はストレートにだなあって感じたのを今でも覚えています。

 

お盆だからこそ、普段の日々よりも命を大きく感じる。

 

命を願う。

命を諦める。

命から逃げる。

命から追いかけられる。

 

そういう感覚を感じやすいかもしれません。

 

生きていく上で、命に触れる経験のない人というのはいないのではないでしょうか。

 

人の生死や喪失体験は、自分が今まで抱えてきたのに隠したり無視したりした感情を自分に知らせてくる経験でもあります。

 

その「命に触れる経験」から、自分のこれからをどう生きていくと決めたのか???

 

 

また、そこを考えないように見ないように避けながら自分が何を守っているのか。

 

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

そういう時は誰にでもあります。

そういう時こそ、あなたはどうしていますか???

そして、どうしたいでしょうか???

 

 

今日はそんな願ったり思ったりした通りにならない時の心理、

「願わざれども命は咲き、願わざれども命は散る」というテーマで書いていきます。

 

 

願わずとも、責任が大きく自分にのしかかってきた命。

願っても願っても自分の思いが届かなかった命。

 

その現実に打ちひしがられたり、投げ出したくなったり、絶望したりする。

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

そんな時、どう対応していますか???

あなたには、こんなパターンはないですか???

 

 

①現実を見ない

こんなこと大したことではない。

悲しくなんてない。

何か意味があって起こったのだから、傷つく必要なんてない。

むしろ喜ぶべきことなんだ。

こうやって様々な理由を見つけたり、自分に言い訳したり、自分に言い聞かせたりする。

現実逃避して、現実を見ることや自分の感情を回避して生きるようになります。

 

そうしていれば、自分の本当の

悲しみ

つらさ

苦しみ

恨み

怒り

から逃れられるんです。

 

②願ってもムダだと諦める

どうせ自分が願ったところでどうにもならない。

現実は何も変わらない。

それなら自分から求めたり望むことを諦めてしまえばいい。

自分の欲求なんて叶うはずなんてないんだから。

こうやって自分の願いや望みを捨てていく。

自分を放棄して、誰かに自分を預けて依存と支配の中で生きるようになります。

 

そうしていれば、誰かが助けてくれて受け入れてくれて、そうでなければ人のせいにして自分から何も行動しなくていいからラクなんです。

 

 

③自分がダメだと自分を責める

自分がダメだからこんな結果になってしまった。

もっとやれたことはあったはずなのに。

自分さえもっと頑張っていれば違ったはずなのに。

こんな自分でごめんなさい。

こうやって罪悪感で自分をいっぱいにして自分のことをずっと責め続ける。

全ては自分のせいなんだと自己否定しながら生きるようになります。

 

そうしていれば、他の誰からも

攻撃されず

否定されず

無視されず

守ってもらうことができるんです。

 

どれもがこれ以上に自分が傷つかないように、必死に守ろうとしています。

 

現実を真っ直ぐに捉えてしまうのが怖いんです。

 

現実ではないものを、何とか辻褄を合わせて現実にしようとしているんです。

 

恐怖で自分を止めているんです。

 

自分の本当の気持ちを消すことで生きているんです。

 

 

上にあるパターンは

自分の本音を

見ない

諦める

責める

ということをしているんです。

 

 

自分以外の誰かからでないと、自分の命の保証や生きるチカラはもらえないと思っているんです。

 

それくらいひとりだったんです。

 

実際に誰かが側に居たかどうかではないんです。

 

そのあまりにも悲しい出来事が起こった時、

自分がすくんでどうしていいか分からない出来事に遭遇した時、

誰にも受け止めてもらえなかった。

自分はひとりなんだと痛感してしまったんです。

 

これ以上

ひとりにならないように

ひとりを感じないでいいように

現実でないものを現実にします。

 

自分の本音が分からないと、本当の気持ちでないものを本音にしてしまうんです。

 

願ってないことが起こる

願ったことが叶わない

 

そんな自分をなくしてしまいそうな時こそ、自分の感じた感情を信じずに応えないと、無力感がどんどん募っていきます。

 

自分がどんどん分からなくなるなら。

自分をどんどん捨ててしまうなら。

自分をどんどん追い詰めてしまうなら。

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

その時こそ、あなたが自分の本音でないものを本音にしてしまっていないかを確かめてみるといいですよ。

 

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未来は処刑台。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

自分の過ごしている毎日が、イヤになることって時にはありますよね。

 

落ち込んだり

ガマンしたり

流してきたり

言い訳したり

不安になったり

怖くなったりした時に

ふと、今を投げ出したくなる。。。

 

今を投げ出してさっさと楽しいことが待っているはずの未来に行きたいなー。。。

今じゃない場所に行けたら、このイヤな気持ちもなくなるのになー。。。

今が不安だから、先のことなんて考えられないなー。。。

今がこんなにイヤなんだから、もう先に進みたいなー。。。

今がこんなに苦しくてつらいなんて、もう逃げ出したいなー。。。

 

 

それほどまでに、今がつらい。

だから、今ではないどこかに行きたいと思ってしまいますよね。

 

でも、その苦しくてつらい今から抜け出して進んだ時に、またその未来でも同じような苦しみやつらさが待っていたらどうでしょうか???

 

その未来に進みたいと思うでしょうか???

 

今日はそんな今がもうイヤ!となのに動けない心理

「未来は処刑台。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

 

<本当の問題は何か?>

 

今がもうイヤ!だから次の未来へと動き出したいのに、進むことができない。。。

 

ここに潜んでいるのはダブルバインド、愛着の問題です。

 

進みたいのに進めない。。。

留まるも地獄、進むも地獄。

どちらに行っても地獄。

この二重拘束の状態をダブルバインドと言います。

これってとても苦しいし、どうしていいか分からなくなってしまいますよね。

 

今をイヤだと思うからこそ、先の未来に進みたい。

でも、未来に行くのも何だか怖い。

 

この時あなたが自分に聞いてみて欲しいのは、先の未来に進むと自分に何が起こると思っているから怖いのか?という質問です。

 

例えば、

ひとりぼっちになる

ここにいられなくなる

責められてしまう

そんな生きていられないような感覚の怖さがあると思います。

 

これって怖いですよね。

だから進めないわけです。

 

そしてその怖さを持っておくメリットも当然あるんです。。。

 

その怖さを持っておけば、未来に進まなくていいんです。

 

 

これって不思議だと思いませんか???

あんなに進みたいと思っていた未来にどうして進みたくないんでしょうか???

 

それは、進んだ先の未来に安心がないと自分が思っているからです。

 

未来に進んだところで、進んだらまた今と同じことが待っている。

今と同じ苦しみが続く。

今のつらさはずっと消えない。

どれだけ頑張って前へと未来へと進んでみても、またずっと同じことが続く。

苦しみやつらさから永遠に逃れられない。

 

これって絶望です。

 

人生とは苦しみ。

人生とは絶望。

これが自分の人生の前提になっているんです。

 

なので、苦しみやつらさを抱えている今がイヤで先の未来に夢を描いて行きたいけれど、進んだところで「人生とは苦しみ」、という自分の人生の前提がある限り、苦しみや絶望が自分にとっては当たり前なので、「人生とは絶望」という感覚をまた夢を描いた未来でも感じてしまうことになります。

 

頑張って進んだ未来でも、また今の苦しみや絶望を感じてしまう。

 

それこそ自分には耐えられない。

 

人生はこんなもの、と自分を諦めてしまわないとやっていけない。

 

でも、どこかで自分はこのままでいいのかと諦めきれない。

 

そうやって今と未来を行ったり来たりしながら、イヤでも今がまだマシだと選んでいるんです。

 

今という場所は、終身刑の牢獄。

でも、進む未来は処刑台。

 

今にも、未来にも安心感が持てない。

生きるということに不安しかない。

 

その自分の安心感のなさが問題なんです。

 

 

<このままだとどうなるか?> 

 

自分の人生を生きることに安心感を持てないので、その恐怖心や絶望から逃れることに必死になります。

 

どうやったらこの怖さや苦しみや絶望を感じなくていいのか、

感じないでいいように何かに依存したり

感じることのないように自分を押さえつけたり

コントロールできるようになかったことにしたり

逃れることで自分を守ったり

周りの状況や人を変えようとしたり

繰り返しながら今をずっと誤魔化して、希望の未来に行きたいと夢を見ることで生きることをやり過ごそうとします。

 

未来の処刑台に行くくらいなら、終身刑の今を消化して生きるんです。

 

逃れて

避けて

コントロールして

自分を失くして生きていくことになるんです。

 

<解決に向けて>

 

人は、怖さを抱えたままで未来には進めません。

ましてや、絶望しか待っていない未来に進むのに足が止まってしまうのは当然です。

 

まず、確かめていくのは

本当に人生は苦しく絶望的なものなのか?ということです。

 

終身刑の今を変えたいと思った時に、処刑台以外の未来を自分が描けていないんです。

 

今にも未来にも安心が見えない。

 

自分を生きることをしようと決めた時に、安心感がなければ進むことなんてできません。

 

今まで苦しみと絶望とを生きる力に変えて、自分から逃れるために動いてきたんです。

 

苦しみや絶望ではなく、安心感を生きるチカラにする。

 

そのためには、自分を生きると壊れてしまうくらいの怖さを感じている自分に気がついてあげること。

 

 

安心感で人と繋がり生きていくことを自分が決めること。

 

 

その自分の抱えている根本の怖さを見ていくことで、この問題は解決へと向かっていきます。

 

 

全てをひとりでやらなくていいんです。

 

自分ひとりでやれないことを人に頼んだり、助けてもらうことは依存でも甘えでもないんですよ。

 

 

 

 

 

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