アナタがずっと苦しいのは。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

子ども達が園庭で縄跳びの練習をしていたんですね。

10回ごとに到達シールがもらえます。

縄跳びを跳べるようになることが楽しい子は、シールが増えていく度に

「数えて!見てて!」

とチャレンジしていこうとします。

反対に、友達がやるから、練習しないといけないから、という自主的な理由ではない子は、思うように跳べないとすぐに辞めてしまいます。

 

これ、やる気が出るまで待ちましょう、そっと見守りましょう、のお話ではありません。

 

思うように縄跳びが跳べない。

だから縄跳びは好きじゃない。

縄跳びを挑戦することを避けて、縄跳びそのものを見ないようにする。

 

縄跳びを避けて、見ないようにすれば、自分は苦しくないからです。

けれど、別の遊びをしていても自分が本当はやりたかった思いはなくなりません。

できなかった悔しさも消えません。

縄跳びをやってもやらなくても、ずっとずっと苦しい気持ちのまま過ごすことになります。

 

今日はそんな、

見ないようにしたのに、

フタをしたのに、

アナタがいつまでもラクにならずに苦しさがなくならない心理、

「アナタがずっと苦しいのは。。。」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは脱愛着の問題です。

自分から求めることをしない。

欲しいと思う前に諦める。

欲求そのものを感じないようにする。

求めている気持ちを諦めることで、世界に適応しようとする生き方です。

 

欲しがってもムダ。

自分には必要ない。

そんなもの要らない。

 

そうやって、愛情や自分を安心させることを諦めて、求めないようにしたとしても、アナタの中には、

本当は愛してほしい。

本当は見てほしい。

本当は分かってほしい。

本当は受け入れてほしい。

本当は認めてほしい。

という人間としての当然の欲求は消えません。

 

むしろ消そうとすればするほど、アナタの中に欲求は意識され続けます。

 

それを感じないように、抑えるために自分のエネルギーをたくさん使うことになります。

 

<このままだとどうなるか>

消えない欲求は、満たされることを望みます。

なので色々な方法を使って、相手や誰かに見てもらおうとコントロールするようになります。

誰かに自分を見てもらっている時だけ、自分の存在を感じることができるからです。

けれど見てもらうためには、アナタは

不幸でなければいけません。

困っていなければいけません。

被害者でないといけません。

 

アナタは誰かから見てもらうために、

ずっとずっと苦しんでいないといけないんです。

 

だからアナタは自分から、

今の苦しい状況を自分で作り続けてしまいます。

 

そうすることでしか、自分が誰かと関わることができないから。。。

 

 

<解決に向けて>

わたしがいつもこんなに苦しいのはどうしてだろう。。。

アナタがずっとそう思っているなら、

アナタ自身が自分をどう扱い、どう思っているのかを自分に聞いてみたらいいと思います。

 

そしてそれは、過去にアナタがどう扱われ、思われていたのかにも繋がっていきます。

 

過去に、アナタの大切な人が、

アナタを愛するチカラがなかった。

アナタを守るチカラがなかった。

アナタを受け入れるチカラがなかった。

 

だからアナタも、そのまま自分や人を

愛することができないままでいいですか?

守ることができないままでいいですか?

受け入れることができないままでいいですか?

 

 

 

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すぐに怒ってしまう〜怒りっぽいアナタへ〜

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

人って、余裕がなくなると怒りっぽくなったりしませんか?

 

普段なら何も気にもとめないのに、急いでいると自分の思うように事が運ばないとイライラしたり。。。

 

もちろん、怒りはアナタが自分のことを守るためにとても大切な感情です。

 

理不尽な扱いを受けた

相手が傷つけてきた

自分の大切なものを攻撃された

そういう時に、人が怒りの感情を感じないと、相手のされるがままになってしまい、自分のことを守れません。

 

けれど何かの時というよりも、常に何かに怒ってしまう。

すぐにキレてしまう。

 

今日はそんな、怒りっぽい心理

「すぐに怒ってしまう〜怒りっぽいアナタへ〜」というテーマで書いていきます。

 

 

 

いつも何かに怒っている。

イライラが止まらない。

ずっと怒りが収まらない。

そんな時には、アナタに何が起こっているのでしょうか?

 

<本当の問題は何か>

この根底には、愛着の問題があります。

怒りを手放したいけど、いつも怒っている。

 

そんな時、自分に聞いてみてください。

怒っていないと、アナタはどうなりそうですか?

怒っていれば、アナタはどんな自分の気持ちに気がつかないでいいですか?

 

おそらくアナタには、とても感じたくないイヤでたまらない感情があるんです。

 

愛してほしい人に愛されなかった。

守ってもらいたい人に守られなかった。

愛している人を愛せなかった。

守りたい人を守ることができなかった。

 

そんなアナタの本当の想いが、怒っていないと出てきてしまうんです。

 

悲しくて、

寂しくて、

みじめで、

苦しくて、

ツラくて、

自分の存在ごと、崩れ去ってしまいそうで。。。

 

 

本当は、自分の人生に絶望している。

本当は、希望なんかない。

本当は、生きていたくなんかない。

 

何かに目を向けて怒っておけば、この自分の脆くも崩れてしまいそうな絶望感を感じなくていいんです。

 

だから、怒っていたい。

絶望感に気がつきたくない。

 

だからアナタは、自分の本当の気持ちから目を逸らし、相手や他人に目を向けては怒れる何かを探し続けてしまうんです。

 

<このままだとどうなるか>

自分では、絶望感や悲しみにフタをするために怒っていても、周りの人にとってはアナタはいつも怒っている人です。

 

いつも怒っている人に、喜んで近づきたいと思う人はいるでしょうか?

 

関わろうと歩み寄っても、拒否されたり否定される人と関係を深めて育んでいきたいと思う人はいるでしょうか?

 

そして、アナタ自身はずっと孤独を感じながらいきることになります。

 

けれど、自分の本音には絶対に触れないように逃げ続けて生きていかないといけないんです。

 

そうです。

アナタはこのままだと、

自分が誰なのか?

何のために生きているのか?

全く分からないままの未来が待っているんです。

 

<解決に向けて>

なぜ自分がいつも怒っているのか?

どんな気持ちから逃げているのか?

ここに気がつくことはとても大切だと思います。

 

大切な人から

愛されなかったアナタも、

守ってもらえなかったアナタも、

愛されて守られていい存在なんです。

 

 

愛せなかったアナタも、

守れなかったアナタも、

愛して守り抜くチカラが存在するんです。

 

それをアナタ自身が感じられていないことが問題なんです。

 

アナタはアナタを受け入れられないまま、これから先の人生を送りたいですか?

アナタはずっと感じられません。

アナタはアナタを生きることができません。

 

アナタは自分から逃げるために、怒り続けて生きていきたいでしょうか?

 

アナタは自分で、何を選びたいですか?

 

 

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怖いと感じるのが怖い。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

自分は、大体いつも冷静だし、理論的に落ち着いて物事を考えることができる。

 

だから、あんまり怖いことなんてない。

 

そんなタイプの人、いますよね。

けれど、それって。

実は感じている怖いを、何とか自分の中から消したり排除したりしようとしているのかもしれません。

 

今日はそんな、怖いを感じることを避けてしまう時にあなたに起こっている心理、

「怖いと感じるのが怖い。」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは脱愛着の問題です。

 

世の中は分からないことだらけ。

自分は世界に対応できない。

どこにも居場所がない。

 

その感覚はアナタが幼少期から、恐怖や不安を感じた時に、

受け止めてもらっていない

否定や拒絶や無視をされた

どうすればいいか教えてもらっていない

ことで、あなたの中にずっと安心が持てず、恐怖や不安がずっと消えていないから起こっているんです。

 

恐怖や不安がずっと消えずにいつもつきまとうと、愛情や安心感を求めないことで自分を守ろうとするようになります。

 

恐怖や不安な状況や状態が日常。

そう思い込もうとするんです。

 

人との繋がりを求める気持ちを諦めて消すことで、自分の存在を守ろうとするんです。

 

自分の怖さを受け入れて認めてしまったら、

ひとりぼっちで

何もできない

助けてもらえる価値のない

そんな自分を感じてしまうんです。

 

怖いという恐怖を感じてしまうと、自分が壊れてしまう。

それが怖くて、自分が感じている怖さや助けを求める気持ちを消そうとします。

 

<このままだとどうなるか>

もちろん自分の

本当は寂しい

本当は助けてほしい

本当は怖い

という気持ちを必死に抑えているので、自分自身の全てを感じられなくなってしまいます。

 

自分自身の存在が分からなくなってしまうので、周りの人から自分が何なのかを教えてもらおうとします。

 

自分の全てを他人に預けることで、自分の求める気持ちを消そうとするんです。

 

自分が

どんな気持ちを感じても、

どんな思いをしても、

どれだけ怖かったとしても

誰も助けてなんてくれない。

 

自分の中にある怖さを感じてしまうと、自分そのものが壊れてしまいそうで怖いんです。

 

だからアナタはずっとずっと恐怖や不安から逃げ続けるだけの人生になってしまうんです。

 

<解決に向けて>

恐怖や不安から逃げ続けたら、アナタはいつまでも

自分を感じることはできません。

自分を持つことはできません。

自分を生きることはできません。

 

求めることを避ける代わりに、アナタは自分自身を失ってしまうから。

 

だからこそ、アナタにできることは、

自分の

怖いを知ること。

怖いを認めること。

怖いを受け入れること。

 

そして、勇気を持って自分から助けを求めることなんです。

 

自分ひとりじゃできないことだから、人の手を借りる。

アナタがアナタを助けるために、人に求める。

 

だってアナタは本当はひとりで充分に苦しんできたから。

 

どうしていいか分からないこの世界の中で、何とかひとりで対応しようと頑張ってきたから。

 

自分のために泣くこと。

自分のために怒ること。

自分のために喜ぶこと。

 

分からないことは、まずは人から教えてもらったらいい。

わたしはそう思います。

 

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偽りのポジティブ。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

子ども達といわゆる「中あて」的なボール遊びをよくします。

 

ボールをぶつけられたら外に出て、ぶつけたら中に入る。

何度も繰り返し遊べるのですが、ここ最近、一回ボールをぶつけられると、

自分からボールを取りに行かず、

ボールを投げられないから飽きてしまい、

遊びをやめてしまう子が増えたなぁと感じます。

 

自分から動かない。

一回で当てられないとスネてしまう。

先に諦める

 

この姿が増えたように感じます。

 

 

大人でも、

どうせ無理。

どうせムダ。

どうせダメ。

最初から期待なんてしない。

自分の分相応でいい。

多くを望むなんてバカだ。

 

そうやって先に諦めて、自分の本当の欲求や願望を打ち消していく。

 

傷つくくらいなら、やらない。

ガマンして無かったことにしてしまう。

今は上手くいかないけど、いつの日かきっと素晴らしい未来が待っているはずだから!!!

 

と、何か別の楽しいことに思いを巡らせて、

自分チカラではなく、誰かや何かのチカラでシアワセにしてもらう。

ガマンしていれば、シアワセは向こうからやってきてくれる。

 

今日はそんな、

多くを望まず諦めて、

いつの日か自分は報われる、

そう信じて人生を何とか前向きに乗り切ろうとする

「偽りのポジティブ。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは脱愛着の問題です。

そうやって、自分の望みや欲求を消していれば、みじめで虚しい自分を感じずに、自分を何とか保つのとができます。

 

それほどアナタ自身が脆くて危ういんです。

 

自分の中に安心感がないんです。

 

そして

諦めて、

求めずに、

全てを受け入れたフリをしておくことで、

今までの自分を肯定することができるんです。

 

そもそも自分は

愛されない

価値のない

ダメで

出来ない

居ても居なくてもいい存在。

 

アナタの中に、その根底があると誰が認めて、受け入れてくれたところで、

そんなことはない!!!

と自分の思う自分に戻っていくのが人間です。

 

アナタはアナタのことを、どう思えたらいいんでしょう?

 

 

そして、何も求めないことで、自分を諦めることで、

自分を生きないでいられるんです。

 

これにどんないいことがあるのか、ただ苦しいだけじゃないかと思うかもしれませんが、ここにもちゃんとメリットがあるんです。

 

自分から何も挑戦せず、動かず、何もせず、自分を感じられない代わりにラクができます。

 

何より、自分で何もしないんですから、そこに責任は発生しません。

 

いつでも、どこでも、

自分には関係ない。

自分には責任はない。

悪いのは相手。

と責任を押し付けられるんです。

 

 

誰かや何かに文句を言って、人のせいにできる。

こんなに耐えているのに、と被害者になれる。

 

だから、苦しくても、つらくても、

アナタは先に諦めておくことで、今に不満を持っておくことで、自分の人生を生きる怖さに直面しないでいられるんですね。

 

<これが続くとどうなるか?>

 

これは、脱愛着の人が陥りやすい

イヤを避ける人生

自分の責任から逃げる人生

の傾向だと思います。

 

これが続いてしまえば、アナタの人生はどうなるでしょうか?

 

ラクで何の責任もない代わりに、

アナタは自分を生きている感覚を持てず、

ずっと誰かに依存して生きていかないといけません。

 

依存する相手がいるうちは、まだそれほど深刻な状況にはならないかもしれません。

 

けれど、依存できる相手が居なくなった時、

アナタは生きていけますか?

 

求めず、諦め、逃げ続け、避け続けた人生のその先に、アナタの幸せな未来は待っているでしょうか?

 

<解決に向けて>

 

諦めて求めないこと。

それはアナタが生きるために身につけてきた術です。

 

 

本当の強さとは、

自分自身の

嬉しいも、

悲しいも、

楽しいも、

苦しいも、

喜びも、

絶望も、

アナタの全てのどんな感情も、アナタがそのまま受け止めて受け入れられることだと思います。

 

 

愛されたいのに嫌われてしまう。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

 

先日、話の中で犬派か猫派か、という話になりました。

それぞれの派の主張もしっかりしていて、もう自分が満足できればどちらでも良いのだ!という結論ではない結論に至りました。

 

犬派も猫派も、自分の愛し方や愛され方がくっきり出ているんだなーと思いました。

 

 

犬派はいつでも犬に構いたいし、猫派は自分の好きな時に構いたい。

犬派は猫の気ままさが不安になるし、猫派は犬の従順さが重く感じる。

 

 

人は、自分の思うように愛したいし、思うように愛されたいんだなあーとふむふむ納得しながら聞いておりました。

 

 

しかしながら。。。です。

いつも自分の思うように愛し愛されることはなかなか難しいですよね。

 

 

特に、愛する人に愛されたいと思う時ほど頑張ってしまうものですよね。

 

ただ、これが全ての人が対象だとすると大変です。

 

 

人から愛されたくてたまらない。

人から嫌われないように必死に努力する。

大切な人から大切にされたい。

粗末に扱われないように懸命に振る舞う。

 

それにも関わらず、

人から嫌われてしまう。。。

人からぞんざいに扱われてしまう。。。

愛されない。。。

大切にされない。。。

 

 

そうならないように、そんなことが起こらないように、自分ではすごく気をつけているのに、気がつけば自分が傷つくような結果になってしまう。。。

 

 

さて、どうしてこのようなことが起こってしまうのでしょうか???

 

 

これ、実は。。。

自分から嫌われようとしているんです。

 

 

え???

そんなことはしていない???

そうですよね。

そう思いますよね。

愛されたいのに嫌われる。

大切にされたいのにぞんざいにされる。

楽しく関わりたいのに怒らせてしまう。

 

今日はそんな心理、

「愛されたいのに嫌われてしまう。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

先ほども書きましたが、どうして愛されたいのに自分から嫌われるようなことをしてしまうと思いますか???

 

 

これって、幼少期のある思いと非常に強く結びついているんです。

 

その思いというのが。。。

 

 

<本当の問題は何か?>

ここに潜んでいるのは、脱愛着の問題です。

 

そもそも、愛情というものを諦めている状態の脱愛着。

温かいぬくもりという感覚がよく分かりません。

人との愛情での交流、

人との間で育む安心感、

人との絆を信じる感覚、

そういった人と繋がりたいという欲求を切り、無くすことで世界に順応してきたんです。

 

 

人は安心しないと生きていけない。

そう感じながらも、

安心を求めたら自分は死んでしまう。

と思っているんです。

 

幸せになりたいと強く願いながら、幸せになって満たされてしまうと自分の空っぽさや虚しさに気がついてしまう。。。

 

 

なので人と関わりたいと感じながらも、関わりを求めてはいけないので避けて生きることを選んでいるんです。

 

 

でも、本当に関わりがもらえないと子どもは生きていけなくなります。

 

 

自分の存在を完全に無視された状態で、子どもは命を繋ぐことはできないからです。

 

 

完全に無視されるくらいなら、

否定

罵倒

怒り

そういったイヤな感情でもいいから、相手から引き出そうとします。

 

 

イヤな感情こそが、相手と繋がるための唯一の方法になるんです。

 

 

イヤな感情で繋がることこそが、自分にとって関わりという愛情を感じられる。

 

 

だから繋がりたい相手にこそ、自分から

否定

罵倒

怒り

などのイヤな感情を相手にもらいに行くんです。

 

 

わざわざ、

自分から相手に嫌われに行くんです。

 

<このままだとどうなるか>

わざわざ自分から相手に嫌われるようなことを言ったり、したりするのですから、それは相手は嫌がったり、怒ったり、否定的な反応をしたりします。

 

相手から否定的な反応や、拒否、拒絶か返ってきたらそこで止めることができるのが大人の対応です。

 

しかし、

相手を傷つけること

相手から嫌われること

相手を怒らせること

相手から否定されること

が人との関わりや繋がりになっていたら、これらの反応は自分にとって大切な関わりや繋がりになってしまうんです。

 

 

無視されるくらいなら、否定的な関わりでも欲しいんです。

 

 

だから相手を

嫌がらせることや

怒らせることや

困らせることを

止められないんです。

 

そうするとどうでしょうか???

 

 

自分としては大切な関わりや繋がりだとしても、相手からすればただの嫌がらせです。

 

嫌がらせをずっとされていたら、当然ながら相手は離れていきます。

 

 

自分の周りからは人が居なくなってしまいます。

 

結局、待っているのは孤独なんです。

 

 

 

<解決に向けて>

嫌われてでもいいから、相手と繋がりたい。

無視されるくらいなら、嫌われてもいい。

 

そこには自分は見てもらえなかったという大きな傷があります。

 

 

あなたはそれほどまでに人との関わりや繋がりが欲しかったんです。

あなたは本当は人を求めていたんです。

 

 

だからこそ、嫌われてでもいいから

関わりを求めたんです。

繋りを求めたんです。

 

確かにそれはとても悲しいことだったと思います。

とても傷ついたと思います。

 

しかしながら、です。

あなたは、この関わり方をずっとこれからも続けたいでしょうか???

 

 

本当は、あなたには安心して人と関わり、繋がる力はもうあるんです。

そのチカラを自分がどうしたいか、ですよね。

 

 

そこを丁寧に見ていくことで、この問題は解決へと向かっていきますよ。

 

 

石橋を渡らず、転ばぬ先の杖を用意する。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

 

明けましておめでとうございます。

新たな年も皆様にとって良き一年となりますようお祈りモー牛あげ。。。お祈り申し上げます!

うっしっしっ。。。

 

さて失笑はさておき、年末年始はあまり出かけず、帰省や旅行などをせず家でゆっくりと過ごすという方も多いのではないでしょうか。

 

そうすると、ゆっくりとしたり、落ち着いて振り返ったり、新たな年に向けての英気を養ったり、と自分へ向かうという時間を持つ方も多いかと思います。

 

旅行などが楽しいのはもちろんなので行けないのは残念に感じて当然ですが、帰省がユウウツだった方にとってはその予定がなくなり嬉しいはずなのに、それはそれで憂鬱になったり。。。

 

重さや鬱陶しさや噛み合わないストレスからは逃れられたのに、時間が出来たことにより、これからの自分のことを考える時間ともなり不安や心配や怖さが出てきてしまう。。。

 

年末年始、ひとりでいても、家族と居ても、誰といてもどこにいても実はモヤモヤしてしまう。。。

 

そう。

いつも、自分はイヤな思いをしないでいいようにしているのに、最終的には虚しかったりモヤモヤしてしまっていませんか。

 

石橋を叩きまくって充分に気をつけて。

転ばぬ先の杖を用意して万全に準備して。

 

そうやって日々イヤな思いをしないでいいように頑張っているのに、そのイヤな思いから逃れられない。

 

今日はそんな新年一発目。

イヤな思いをしないでいいように頑張ってるのに逃れられない心理、

「石橋を渡らず、転ばぬ先の杖を用意する。」 

というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

どうしてあなたはいつもイヤな思いがついて回ってくるのでしょう?

イヤな思いをしないでいいように。

傷つかないでいいように。

自分を守れるように。

いつも行動しているのに。。。

 

けれど、あなたのその行動こそが問題解決を先送りしているとしたらどうでしょうか?

 

<本当の問題は何か?>

ここのあるのは回避性の愛着、脱愛着の問題です。

 

回避とは、人と人との間に温かい交流や深い関係を求めようとせず、避けるという対応で傷つくことや拒否されることを経験しないでいいように、人を求めたいという欲求を自分の中からシャットアウトすることで、生きることに適応している状態を言います。

 

人は一度でも痛い経験をすると、もう傷つきたくないと思うものです。

また同じような経験をすることを避けようとするのは当然のこと。

 

しかし、そこで周りの人からの支えや、自分の心の傷の手当ができると、受け入れ、その経験がどれほどつらくても受け止めることができます。

 

ところが回避性の愛着や脱愛着の人は、傷ついた時にその場から離れて耐えたり、起った出来事を拒否することで、自分を守ろうとします。

 

傷を

見ないこと

思い出さないこと

閉じ込めること

で自分を保とうとするんです。

 

 

つまり、自分の傷ついた経験をそのまま放ったらかしにしているんです。

 

 

そして傷ついた時に感じた自分の

無力感

無価値感

悲しみ

という受け入れきれない恐怖絶望を感じたくなくて自分の中にそのままの状態で封印しているんです。

 

 

自分は愛されない人間だと感じることを避けながら、本心では自分は愛されない人間なんだと信じてしまっているんですね。

 

逃げの二重構造になっているんです。

 

それが自分を守る方法だと思っているから。

 

 

<このままだとどうなるか?>

自分の中に逃げなければいけない、避け続けたい感情がある限り二重では足りず三重、四重、と傷つくことを避ける方法を見つけ出さないといけなくなります。

 

 

その場しのぎにその時の苦痛から逃げることだけを繰り返していても、あなたのイヤな気持ちやモヤモヤや不安や恐怖は消えないんです。

 

目の前の石橋が壊れるかもしれないと、橋を渡るのを避け続けても自分の行きたいところには行けません。

 

いつまでも目的地に行こうとしない自分を隠して、歩き出しもしない自分に杖だけ準備して行くつもりになったところで、いつまで経っても到着しないのは明らかです。

 

 

問題は自分が動かない限り、何も解決しないんです。

 

 

石橋を渡らず、転ばぬ先の杖ばかりを用意して、自分が行動しない言い訳を納得させる状況と理由を作り続けないといけなくなります。

 

あなたはこのままでは、

自分から何も行動することなく、

自分から何かに挑戦することなく、

あれは危険だ、これは危ない、それは安全じゃない、と言いながら

自分から自分の人生の可能性を止めていくでしょう。

 

 

<解決に向けて>

あなたの中の眠ったままの

本音

想い

感情

反応

それらと向き合うことを逃れていると、自分の人生そのものからも逃げ出してしまいます。

 

 

だから向き合うしかないんです。

 

 

そして、それほどまでに怖かったんです。

自分の本当に感じてきたものが。

否定せずには自分が安全を感じられなかったんです。

 

感じてしまうと自分は脆くも崩れてしまうと思うほど、助けを求めたその時にあなたはひとりぼっちだったんです。

 

あなたの心は、それほど安全が守られていなかったんです。

だからこそ、ずっと怖くて避けてきた。

 

 

今あなたが避け続けている

イヤな気持ちや

モヤモヤや

不安や

恐怖は

今だけのものでなく、あなたがずっと過去からそのままにしていた傷でもあります。

 

 

それだけ懸命に「生きる」ということを、あなたは頑張ってきたのだと思います。

 

 

その傷に気がついた時に

また逃げる選択をするか、

自分の人生を見直し、立て直すという選択をするか。

 

 

避けるという守り方でなく、向き合うという自分の守り方は、自分を生きるということに繋がっていきますよ。

 

 

諦めるキモチの中にあるもの。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

先週末は、大阪のリトリーブサイコセラピー応用コースのアシスタントに参加させてもらいました。

 

応用コースへと進む前には、基礎コースがあるのですが、この基礎コースで自分と向き合い、自分を知り、自分を癒していきます。

 

その過程を経て、応用コースへと進むのですが、この応用コースでは、自分の人生の舵取り、言わば自分自身を生きる、という自分の人生をどのように自分が築いていくのか、という挑戦をしていきます。

 

自分の人生のステージを上げていくコースなんです。

 

そんな受講生さん達の自分の人生への挑戦を、精一杯応援させてもらおうと思います!!!

 

さて、

自分の人生を生きる、とはあなたはどういうことだと思いますか???

人生は選択の連続とも言いますよね。

その選択肢は、目の前にたくさん広がっています。

 

それは、誰でも同じなんです。

にも関わらず、自分には選択肢がないと思って何も動けなくなることがあなたにはないでしょうか???

 

そんな時、自分は不幸だと、世の中は不公平だと思うかもしれません。

 

 

でも、

「怖い」という思いから、自分で自身の選択肢を消しているとしたらどうでしょうか???

 

 

わざわざ選択肢を自分で消して、目の前から選択肢を減らし続けているとしたらどうでしょう???

 

これって、あることをしないことで起こるんです。

 

今日はそんなあること、

「諦めるキモチの中にあるもの。」というテーマで書いていきます。

 

 

あなたはどんな時に諦めますか???

どんなことを諦めやすいですか???

 

それこそ自分の人生の中で、

どんな時もどんなことも、自分の欲しいというキモチを諦めるのではないでしょうか。

 

誰も、最初から諦めたい人はいません。

欲しいというキモチが、

どうやっても

どんな時も

どんな所でも

叶わないと感じた時に、人は諦めることを選択します。

 

<本当の問題は何か>

この諦めるキモチの中に潜んでいるのは、脱愛着の問題です。

 

何をやってもムダ。

自分には無理。

どうせ叶わない。

 

その思いの積み重ねで、これ以上つらく悲しい思いをしたくないと思う時、人は最初から何も望まずに、諦めるという選択をします。

 

欲しいというキモチを自分の中から消して、傷ついてしまわないように自分を守るんです。

 

そうなんです。

求めることを止めるんです。

 

求めることを止めた時、諦めて自分の選択肢も自ら消していくんです。

 

選択肢なんてあるから、期待してしまうのだ。

選択肢そのものがなければ、傷つかない。

選択肢なんていらない、と。

 

この最初から諦めて、求めることをしない状態こそが脱愛着の状態です。

 

安心感や幸福感、満足感や達成感を求めると自分は傷ついてしまう。

 

これ以上傷ついたら生きていけない。

 

その思いから、求めるという自分の欲求である選択肢を自分で消していくんです。

 

でもね。

これって、

自分の毎日を

自分のどの瞬間も

自分という人間を常に諦めて絶望して生きていくということなんですよ。

 

 

<このままだとどうなるか>

求めることをしない。

それは何も起こらないということです。

 

 

自分を大きく揺さぶる出来事や

上がり下がりする喜びや悲しみの感情を

消しながら無味無臭を目指して生きることになります。

 

そして、それだけ気をつけていても、どれだけ用心していても、全てをコントロールできる訳ではありません。

 

ふとした瞬間にあなたを

大きく揺さぶる出来事が

上がり下がりの感情が

起こることは避けられないんです。

 

それでも求めることをせず、

自分には助けなど来ないと言い聞かせて、

より一層、他の選択肢を消していきます。

 

 

自分には耐えるという道しかないのだ、とガマンしてその場をやり過ごすことで、何とか生き延びようとするんです。

 

絶望しながら

ガマンをしながら

悲しみを誤魔化しながら

求めるキモチを消していくんです。

 

それはもう

孤独で

不安で

怖くて

誰かにすがりたくなりますよね。

 

でも、

そのキモチも消していくんです。

 

それが唯一、自分を守るための方法だから。

 

求めるなんて恥ずかしい。

求めるなんてみじめ。

そうやって無理矢理に抑え込まれた気持ちは行き場を失い、自分の劣等感を特別な存在という優越感にすり替えていく暴走する自己愛への問題へと繋がっていくんです。

 

<解決へ向けて>

諦める選択肢のその根っこにあるのは、心から求めるキモチです。

 

欲しいものを欲しいと求めるキモチです。

愛して欲しい

見つめて欲しい

抱きしめて欲しい

守って欲しい

応えて欲しい

助けて欲しい

そんな人間としての当たり前の欲求を自分から求めるキモチです。

 

諦めるキモチの中にあるもの。

それは

あなたの求めるキモチ。

あなたの欲求や素直な感情。

あなたがあなたとして生きていくチカラです。

 

求めることが何より怖いあなたが、その怖さを越えて自分から求めたいかどうか。

 

あなたのその勇気と覚悟が、自分を生きていくチカラを作っていきますよ。

 

 

 

<個人セッション募集>

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