伝えたいのに伝わらない。

桜の花びらが葉桜に変わり、より春のポカポカ具合が染み入る季節になりましたね。

 

4月に入り、新しい環境や人間関係がスタートした方もおられるのではないでしょうか。

 

わたしは学生の頃、この新学期がとても苦手でした。

これからの友達を目の前に、今までの友達と仲良くしていいものか。

今までの友達を目の前に、これからの友達と仲良くしていいものか。

そんな板挟みに、何だか人間関係が面倒になってしてしまっていたんです。

 

今となれば勝手な板挟みなんですが、親子関係の投影なんてものを知らない時でもありましたので、悶々と誰にもこの想いを伝えられずに過ごしていましたねー。

 

そしてその心の中とは別に、わたしが取っていた人間関係は、「とにかく自分から関わりに行く」というものでした。

 

今までの人間関係の前では、この関係こそが本物だ!と伝え続け、

今からの人間関係の前では、この関係こそを大事に育んでいきたい!と伝え続ける。

 

まぁ、とんだ八方美人ですね(笑)

どこからも、誰からも嫌われないように、必死に人間関係を繋いでいたのだなぁと今になれば振り返ります。

 

そして、自分から伝えて伝えて伝えまくる!というコミュニケーション。

 

一見、積極的にも見える行動ではありますが、これ実は恐怖から取っている行動なんです。

 

  • 特定の仲の良い誰かが側にいないと不安
  • 相手からの反応が返ってこないと不安
  • コミュニケーションは自分から常に取る
  • 自分から伝えないと相手は分かってくれない
  • 自分から発信しないと人間関係は始まらない
  • 相手が分かったと言っても伝えないと納得できない

 

このような感覚がアナタの中にあるのなら、アナタの行動はアナタの積極性ではなく、アナタの不安かもしれません。

 

今日は、自分から伝えていかなければ、相手には何も伝わらないから伝え続けてしまう心理

「伝えたいのに伝わらない。」

というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

自分の想いを伝える。

何度でも伝える。

ずっと伝え続ける。

 

相手には伝わっているのにも関わらず、何回も伝えることを繰り返していく。

 

ここにあるのは、アナタの

自分は分かってもらえない。

自分の言うことは聞いてもらえない。

自分の思いは伝わらない。

という拒絶感に対する諦めです。

 

拒絶を感じ、その拒否や無視に対して

本当はイヤで悲しかったり

本当はこっちを向いてほしかったり

本当は傷ついていたり

そんな自分を出さずに抑圧して抑え込んで過ごしてきたのではないでしょうか。

 

そして、アナタはいつも

人はそのままの自分を見てくれない
人はそのままの自分を受け入れてくれない
人はそのままの自分を好きになってはくれない
と自分自身に対して思ってきたのではないでしょうか。
周りの人達に受け入れてもらえない自分に、価値を感じることができないから、その自分を必死に隠してきたのではないでしょうか。
そして、自分で信じてしまった価値のない自分を隠すことで、周りに対して自分の価値を主張したり、アピールしたりしなければならなくなります。
自分の価値を伝え続けなければ自分の価値を感じられないし、伝えることで相手から受け入れてもらって自分の価値を感じようとするんです。
<このままだとどうなるか>
伝え続けなければいけないということは、
相手の気持ち
相手の都合
相手の状況
を見ていないということでもあります。
自分が伝えたい!の思いを相手にぶつけるということは、
相手のことを
よく見ることも
よく考えることも
よく思いやることも
できていないから。
自分が自分を確認するために、ずっと相手に自分の思いを伝え続けていてもアナタが安心することはできないんです。
本当にアナタが感じてきた気持ちを隠したままで、相手に何かを伝えて安心をもらおうとしても、それは「伝わらない」というアナタの気持ちをより一層強めるだけだから。
そうするとコミュニケーションは一方通行になりますよね。
わたしの、ワタシの、私の
話を聞けぇぇぇーーーーー!!!!!!
にしかならないんです。
しかも時間無制限で、です。
これだと相手は当然疲れてしまいます。
そして求められているものの大きさに負担を感じてしまい、自然と離れて行って関係が終わってしまうということにもなりかねません。
<解決へ向けて>
自分の素直な気持ちや想いを伝えることはいいことだと思います。
けれど、もしもアナタが何度も何度も伝えても、それでも伝え足りないのだと感じているのであれば、伝えることで、何かをすることで、自分は相手から何かしらの反応を期待していないか、を自分に聞いてみるといいと思います。
伝え続けて、やり続けて、そこにアナタが虚しさを感じるのであれば、アナタはその自分の不安や恐怖を誰かに埋めてもらおうとしている可能性があります。
アナタの自分の行動は
不安から動いていますか?
安心から動いていますか?
自分の気持ちばかりを伝えている時、相手の気持ちを聞いていますか?

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<福岡講座が帰ってきた!!!>

ここ数年は、東京、大阪でしか行われていなかったリトリーブサイコセラピーの基礎コース。

なんと!

いよいよ!!

ようやっっっと!!!

福岡講座の開催が決定しました!

これを逃すと、次はまだ未定ですぜ、ダンナ!

↑誰なんだ。。。

気になる方は、お早めのチェックを!!!

リトリーブサイコセラピー福岡基礎コース

 

どうしようもなく寂しい。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

 

秋も深まりを終えて、冬へと向かいましたね。(突然、詩人みたいなことを言い出すのも秋の特徴なのかしら?)

毎朝起きるのが震え上がる日々です。。。

日が落ちるのも早く、夜明けも遅い。

そんな季節に、物悲しさを感じるという人も多いですよね。

 

あぁ。。。

何だか寂しいなぁ。。。

そう感じることも多い季節です。

 

けれど、寂しさや悲しさやストレス等が心と身体に及ぼしてくるダメージばかりが大きく取り上げあれたり、認識されたりすると、

「そんなに悪いものなら、感じないように生活するようにしよう!」

と感じた寂しさを

何かで

埋めようとしたり

紛らわそうとしたり

消そうとしたり

自分に感じる隙間を与えないようにしてはいないでしょうか?

 

コレ、あとあと自分にしっかり返ってくるんですよ。。。(経験者は語る!)

 

とは言え、寂しさと上手く付き合いましょう、なんて言われてもどう付き合っていいかも分からないし。。。

 

今日はそんな、この寂しいという自分の想いをどうしていいか分からない心理、

「どうしようもなく寂しい。。。」

というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

では、寂しさを感じる時というのはどういう時でしょうか?

・人との別れを経験した時

・誰とも繋がらず孤独な時

・自分の欲求が満たされない時

・寂しかった想いが呼び起こされた時

 

こんな時に、人は寂しさを感じるのだと思います。

 

そしてその寂しさを感じた人生の節目に、誰かに寄り添ってもらえていないと、人はずっと自分のその寂しさを確認することができずに、どうすることもできず、立ち尽くしてしまいます。

 

自分の人生が大変だった時に、ひとりで頑張って乗り越えてきているからこそ、アナタは今、寂しさを感じているんです。

 

どうしようもなく寂しい。

それはアナタが、人生の肝心な時にひとりだった時に、助けてもらえず、ただただその状況に飲み込まれてしまったアナタの

漠然した不安

言いようのない孤独

なのではないでしょうか。

 

自分には、この状況に対応するチカラはない。

自分には、何もできない。

その無力感や絶望感に圧倒されているんです。

 

アナタの寂しさは、アナタの中に自分への

自己信頼感

自己重要感

が下がっている時に感じる感情なんです。

 

<このままだとどうなるか>

自分には自分の感情を受け止められない。

受け止めるチカラなんてない。

アナタが自分のことをそう思ってるほど、アナタは自分の外側を埋めようと努力します。

むしろ、努力することで寂しさを忘れてようとします。

努力して埋めたいのは、

愛されない自分

必要とされない自分

居ても居なくてもいい自分

分かってもらえない自分

助けてもらえない自分

なんです。

けれど、それはアナタが埋めようとすればするほど深く大きな穴になっていきます。

 

本当にほしいものを別のもので埋めようとしても、

アナタの心は満たされることはないからです。

 

<解決に向けて>

寂しくてどうしようもない時。

アナタがその気持ちから逃れることはできないんです。

 

ひとりはラク。

ひとりでできる。

ひとりがすき。

 

だけどひとりは寂しい。

このだけど。。。の後の気持ちも自分が受け止めてあげることが大事なんです。

 

寂しいというネガティブな気持ちを、すぐにポジティブに変換しようとするから、どうしていいか分からくなるんです。

 

自分の本音を否定するから、いつまでも淋しさの中にアナタは居続けないといけないんです。

 

寂しい。

そのアナタの本音をアナタは否定していませんか?

自分にはどうにもできないと思っていませんか?

人は弱いものです。

そして同じくらい強いものです。

 

その寂しさを、アナタはどうしたいですか?

 

 

 

心の傷の回復

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

東日本大地震から、もう10年経つんですね。

あの日、あの時、心が消えてしまうような経験をされた方もおられると思います。

 

震災のように目に見える大きな傷としてではなく、自分の中で心を消してしまうような経験を持ってる方もおられることと思います。

 

自分が消えてしまいたい。。。

そう思ってしまうほどのアナタの心の傷。

 

もちろん起こった出来事や経験そのものを、無かったことにしてしまう事はできません。

 

そんな中、傷ついたアナタが時間と共に回復していくことは嬉しいこと。

 

けれど、

忘れてしまいたいほどの出来事や

痛くてたまらないほどの経験から

いざ自分が回復しようとしたその時に、アナタの中でそんな自分を許せない気持ちが出てくることってありませんか?

 

あの日、あんなに悲しいことがあったのに。

あの時、あんなに心が凍結したのに。

あれから、あんなに時が経っているのに。

 

それなのに、どうして自分はあれから何の変わりもなく過ごしているんだろう。

そんな心の傷を抱える人にとって、時間が経ち、段々と元気を取り戻していく自分すがどうしても許せないことはあります。

 

 

 

今日はそんな、回復していく自分を許せない心理

「心の傷の回復」というテーマで書いていきます。

 

どうしてアナタは

傷ついた自分を、

回復しようとする自分を、

そんなに許せないのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か>

傷から回復していく自分が許せない。

ここにあるのは、愛着、自己肯定感の問題です。

 

時が止まったあの場で、

もう消えてしまえたらよかったのに。

もう、生きることなんて終わればよかったのに。

わたしなんて、死んでしまえばよかったのに。

 

それほどまでに傷ついたアナタの心も、時間と共に癒えていくものは確かにあります。

そんな経験をしたにも関わらず、これまで自分はよく生きてきたと自分を褒めてあげる日もやって来たかもしれません。

 

それでも、あの日。

あんなに

苦しかったのに、

辛かったのに、

悲しかったのに、

虚しかったのに、

惨めだったのに、

悔しかったのに、

怖かったのに、

心が消えたのに、

生きることを選択した自分を許すことができない。

 

 

あの瞬間の自分が、ただ死ぬ勇気がないから生きるという選択をしたずるい人間にしか思えない。

 

あの傷ついた日から、ずっとずっと自分が自分のことを許せていないんです。

自分がこんなに傷ついたのは、自分が悪いからだと心の底では思っているんです。

 

もちろん、段々と頑張って生きてきた自分のことを認めることはできるようになっていきます。

 

 

しかしながら、

根本の根元の部分で、生きることを選択した自分をズルいと感じている。

 

裏切り者のような、卑怯者のような、そんな後ろめたさを抱えている。

 

許せないから、わざわざ

自分を傷つけるように

自分に罰を与えるように

自分が不幸でいるように

生きていってしまうんです。

 

だから苦しいんです。

 

自分なんている意味がない。

自分に生きる価値なんてない。

思いだしたままの自分の存在価値の無さや無力さを、ずっとずっと癒せていないんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

この人生はいつ終わってもいい。

生きていても何も面白いことなんてない。

そう感じながら刹那的に生きることになります。

 

傷ついた自分。

ボロボロの自分。

どうしようもない自分。

 

 

アナタは、

この自分を誰かに見せようとはしていませんか?

見せることで、誰かに振り向いて欲しいと思っていませんか?

 

 

幼少期のアナタは、そんな不運で不幸で不遇な自分を見せることで親からの

関心

お世話

関わり

をもらえていたのではないでしょうか。

 

 

アナタは、自分を自分で

傷つけ

ボロボロにし

どうしようもなくすることで

親や人との繋がりを感じることができるんです。

 

 

そして、このままだと

こんな自分にしたのはアンタのせいだ!と

親のせいにして、親への怒りと恨みで生きていくことになってしまいます。

 

 

<解決へ向けて>

恨んでまでも繋がっていたい愛情。

この切ないほどのアナタの中にある愛情に気がついてあげませんか?

 

傷があることで繋がれるなら、アナタは傷がないと人と繋がれなくなってしまいます。

 

生きていくことが、ずっと傷つくことになってしまいます。

 

 

傷がないと人と関われない。

アナタは、自分の傷を利用しないと生きられないほど、本当のあたたかい、安心した繋がりを求めているんです。

 

 

アナタの傷は、もちろんアナタのせいではありません。

ただ、アナタの傷をこれからどうしていくかはアナタ次第です。

 

自分の生き方に気がついて、その生き方から傷を癒やし、回復するためにアナタができることは何でしょうか?

 

 

自分の傷を

そのまま見つめて、

そのまま感じて、

そのまま受け入れることではないでしょうか。

 

それはとても怖いことです。

今までのアナタは、それをずっとひとりで何とかしないといけなかった。

だから受け止めきれなかったんです。

 

その怖さに震える自分を、アナタはまた放っておきたいですか?

 

アナタが、

自分が自分を助けると決意する。

 

そう決めた時こそ、アナタの傷は回復へと向かいます。

ひとりでできないと感じるなら、周りの助けもぜひ求めてみてくださいね。

いつも偽りの自分。。。~自分への拒絶~

福岡心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

先日、日本へ送られてくるブランド品の本物と偽物を見分ける方々のドキュメントをテレビで見かけました。

 

まぁ、ものの見事にニセモノを見分けていくんです。

 

わたしは、見ていてもさーーーーーーーーっぱり分かりませんでした!

(何の自慢にもならない。。。)

 

 

あと驚いたことに、ニセモノと分かっていても「別に見た目は分かんないから!」と敢えて購入する人もいるのだとか。

 

 

品物であればホンモノとニセモノも分かりやすいかもしれませんが、それがいざ自分のこととなったらどうでしょうか???

 

 

自分のことなんだから、自分が一番分かっている。。。

 

 

そうありたいですよね???

 

 

そう言いたいですよね???

 

本物の自分。。。ねぇ。。。。。

 

分かっているつもりでいる自分のこと。

 

自分自身でありながらも、でも何だか自分がいつも偽りのような感じがする。

そんなことはありませんか???

 

人の為と書いて偽りと読む、という有名な言葉もありますが、では、自分の為とは一体何でしょう???

 

人の為に動くことはできるけれど、自分の為にはどうしていいかよく分からない。

 

自分という存在は、周囲から求められる自分の寄せ集め。。。

 

いつも、心のどこかでそんな気がしている。。。

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今日はそんな本物の自分が分からない心理、

「いつも偽りの自分。。。〜自分への拒絶〜」というテーマで書いていきます。

 

あなたはこんなことはないですか???

  • いつも人を助けてばかりいる
  • 人に甘えることができない
    相手によって自分が変わってしまう
  • いい人の役割が苦しい
  • 何のために生きているのか分からない
  • 落ち込んだり、マイナスな感情は嫌い
  • 物事の前向きな意味を探す
  • ガマン強く弱音は吐かない

このようにいつも自分を偽っているような感覚があり、自分に嘘をついているように思ってしまう。

 

自分のメッキがいつ剥がれるか、不安でたまらない。

 

そんな偽りの自分なんてイヤだ!!!

嘘をつくことなく自分を生きよう!!!

 

よし!!!

自分自身に目を向けて、自分のために生きていこう!!!

 

 

そう決意さえすれば、自分を偽ることなく生きていける。。。でしょうか???

 

 

<本当の問題は何か?>

いつも偽りの自分でいることの根っこには、強い自己否定の問題があります。

 

今の自分は受け入れてもらえない存在

がんばっていない自分に価値はない

 

それほど、自分のイヤなところを見たくない!と思っているんです。

 

なので自分自身に目を向けてしまうと、今まで必死に押さえ込んで隠し続けてきた自分のイヤなところを見なければいけなくなってしまいます。

 

その見たくない自分のイヤなところ。。。

 

それは
ネガティブで
マイナスな
ドス黒い

自分の本音です。

不安
恐怖
悲しみ

絶望
怒り

このようなネガティブでマイナスなドス黒い感情を感じてしまうと、飲み込まれて自分が壊れてしまうようで受け止めきれないんです。

 

本音とは、もともと
ポジティブネガティブ
プラスマイナス
もあるものなんです。

 

でも、一方だけを認めないんです。

 

そんなことは思ってもないし、感じてもいないと明るく前向きに生きて吹き飛ばそうとします。

 

そうやって自分を大丈夫!と励ましてきたんです。

 

自分の本音を自分が拒絶するんですね。

 

だからいつも偽りの自分なんです。

 

<このまま続くとどうなるか?>

 

基準が全て自分の外側にあるので、誰かという存在を通してしか自分を感じられなくなります。

 

 

本音は

ろくでもないもの

人を傷つけるもの

隠して生きていくもの

だと思っているので、本当の自分を晒すことができず、いつも心に不安感を抱えてしまいます。

 

そして自分を拒絶し続けると、自分を諦めるようになっていきます。

 

自分で自分を助けるチカラがないと思い、いつの日か誰かからもらえるかもしれない安心を求めて、ずっと人の為だけに頑張って生きていくことになります。

 

<解決に向けて>

偽りの自分がつらくなり、自分自身を感じて生きたいと思ったなら。。。

 

自分のネガティブに目を向けなくていいように、いつも他人に目を向けている自分を認めることから始めませんか?

 

今のままの自分はダメで受け入れてもらえないから、愛して受け入れてもらうために他人を利用してしまっているんです。

 

そこまでして、本当の自分を感じたくないんです。

本当の自分は

愛されない存在
必要とされない存在
みじめな存在なのだと、

 

誰との関係で決めてしまったんでしょうか???

 

 

自分を感じないことで、

 

本当の自分は

愛されていない存在

拒絶される存在

価値のない存在

 

という自分の中で燻っている本当の思いから逃れられていませんでしたか???

本当に感じていた本音を認めていくことで、この問題は解決へと向かっていきますよ。

 

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<モニター募集のお知らせ>

 

 

只今、モニターさんを募集しております。

対面が難しい時期でもありますので、お気軽にご相談くださいね。

 

 

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taiyotoniji.hatenablog.com

得やすいものは失いやすい!?

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

わたしは英語はちんぷんかんぷんでよく分からないんですが、ナゼかことわざ的な英語は好きで「この英語ってこのことわざと繋がるんかー!」と面白く思ったのを覚えております。

直訳では

①不幸は単独ではやってこない

②日が照っているうちに干し草を刈れ

③溢れたミルクを嘆いても仕方ない

④多くの水滴が集まるとシャワーになる

という英文が(もちろん英文では書けない。。。)、日本語にすると

①泣きっ面に蜂

②思い立ったが吉日

③覆水盆に返らず

④チリも積もれば山となる

となったりして、面白いなー!と思っておりました。

ええ、英単語では1アルファベットも覚えてないですが。。。

その中でも、わたしは学生時代

Easy come easy go ということわざが好きだったんですよ。

得やすいものは、失いやすい。

簡単に手に入るものは、簡単に失う。

苦労せず手に入れたものは、簡単に手放す。

という意味です。

努力して手に入れたものは身になる。

という捉え方であればいいんですが、

学生時代のわたしにはこう聞こえていたんです。。。

努力しないと

我慢しないと

耐えないと

欲しいものは手に入らない。

そう頭の中で変換され、

だから、自分の欲しいものを

簡単に手に入れてはいけない。

そう思っていたんです。

欲しいものは大変な思いをしないと手に入らないなんて、そんな人生は辛いですよね。

今日はそんな欲しいものをすぐに手に入れられない心理、

「得やすいものは失いやすい!?」というテーマで書いていきます。

そもそも自分の欲しいものがある時って、大人であれば自分の手で取りに行きますよね。

何かを手に入れたいと思ったら、そこに向かって

努力する

目標を立てる

最後までやり遂げる

ということをコツコツ積み上げていくでしょう。

でも、それをやろうとすると

  • 成功の一歩手前で失敗してしまう
  • 最後までやり遂げられない
  • 何かができても、寂しくなったり虚しくなったりする
  • やろうとしても、途中でやる気や興味をなくす

ということがあるなら、あなたの中にも

自分の欲しいものを簡単に手に入れてはいけない。

という思いがあるかもしれません。

だって自分でやりたいこと、自分の欲しいものだったら

すぐにできるようになったら嬉しいし

思うように手に入ったら喜ばしいですよね?

だけど、我慢せず、耐えずに手に入れたら

すぐに失いそう

後から面倒なことが起きるかもしれない

何か裏があるんじゃないか

と思って手に入れたらいけない気がしてしまう。。。

あなたは、

我慢しないと欲しいものは手に入らないと思っていませんか???

<本当の問題は何か?>

欲しいと思っても動けない程度ならそれは本当には欲しいものではない。

我慢して耐えるからこそ、自分の本当に欲しいものを手にすることができる。

そのような気合いと根性ではない問題が、ここには眠っているんです。

それは、自己否定の問題です。

自分の欲しいものを諦め、我慢し、耐えることを自ら選んでいるんです。

もっと楽に手に入るといいのにな、と思いながらも本当に楽に手に入りそうになると

疑ったり

受け取らなかったり

白紙に戻したり

しながら、結局手放してしまうんです。

自分がこんなにすんなりと手に入れられるはずがないんだと、

我慢をしていない自分が手に入れるなんてとんでもない、

そんな自己否定を抱えているんです。

そして、それは不幸なことではないんです。

なぜなら、自己否定をしていればプラスになることがあるから。

欲しいものを苦労して、我慢して、耐えていたら。。。

誰かが助けてくれるんです。

どうしたの?

大丈夫?

手伝おうか?

と自分は動かずとも相手から声をかけてくれます。

自己否定を持っていたら、周りが勝手に助けてくれるんです。

だからわざわざ、イヤな自己否定を持っておくんですね。

 

<このままだとどうなるか?>

 

自分でやらなくても、周りが勝手に助けてくれる。

それをあなたはどう思いますか?

あなたが本当に手に入れたいものは、助けてもらうことでしょうか?

もしそれがyesなら、あなたの本当に手に入れたいものは、

人との関わりや愛情なのではないでしょうか。

Noならあなたが本当に手に入れたいものは、

自分を生きる人生、自分自身なのではないでしょうか。

我慢し、耐えて、欲しいものが手に入るまで自分を否定していても、

残念なことにそのどちらも手に入らないんです。

それどころか、このままだと

相手次第で自分の置かれる立場や状況が変わることになります。

相手の

機嫌

状況

状態

で助けが来るかは変わってきます。

自分の欲しいものは、いつも相手次第ということになってしまうんです。

<解決に向けて>

 自分で自分を否定してブレーキをかけている。

実は、我慢して耐えて自分の力を否定して相手に委ねる状態が楽だし、安心しているのは自分なんだと気がついた時、それを心底やめたいと思うかどうか。。。

その自分を止めている根本を見ていくことで、この問題は解決へと向かいます。

向こうからやってくれることを待ち続ける人生よりも

I get  my dream.

                happiness.

life.

の方が楽しいですよね。

まさかの中学英語で今日のシメなのであります。。。

<モニター募集のお知らせ>

只今、モニターさんを募集しております。

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<大阪基礎コース始まります>

ひとりでは築くことができない人間関係。

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もちろん楽しいことばかりではないけれど、だからこそひとりじゃないと感じることができる

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自分の中にある、

つらさ

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苦しみ

怒り

怖さ

共に助け合って感じていく空間がここにあります。

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子どもの騒ぎ声が気になる!!!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

外出自粛や在宅ワークが定着してしましたね。

家で過ごす時間が、増えた方は格段に多くなったでしょうね。

そんな時のマンション等での子どもの遊んでいる時の声、気になりますよね。

子育て中のお母さんは、周りに迷惑をかけていないかが気になりますし、

在宅ワークの方にとっては仕事の集中の妨げになって気になったり。。。

これって、

どちらが正しい、

どちらが困っている、

そのような問題ではないですよね。

どちらも起こっている日常生活です。

今日はそんな、

「子どもの騒ぎ声が気になる!!!」というテーマで書いていきます。

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先日も、

子ども達もストレスがたまるからたまにはと思い外で遊ばせたものの、遊びに夢中になると子ども達の声が大きくなり、近所の在宅ワークの方からの苦情がきた、という問題が取り上げられていました。

この時は確か専門家という方が、

「お仕事大変ですね。

そんな中騒がしくしてすいません。

でも子ども達もストレスがたまってて。。。」

と相手の方に対して心情を汲み取って、自分の事情を説明するといいですよ、的なアドバイスをお母さんに送られていたように思います。

わたしは、これで一瞬はお互いに相手の事情を飲み込めたとしても、対処法だけでは解決しないだろうなぁと思ったんです。

<本当のは何か?>

ここに潜んでいるのは自己肯定感の問題です。

自分は愛されない!

その無価値感を感じないように必死に守っているんです。

子どもは幼児期と呼ばれる2〜3歳の時期に、自分にとって心地よいものには快を、心地よくないものには不快を出すことを覚えます。

親と過ごす家庭の場では許されてきたことが、社会の場では許されないことを知るんです。

それがしつけというものの始まりになります。

今まで世界は何でも自分の思うようになってきた子どもが、親から離れて社会に入ることで制限や限界を知ります。

その時に、それまでの1〜2歳の段階で

預ける心地よさ

部分的な取り入れと取り出し

ができていると、

その制限や限界から来る葛藤を、社会の一部分として捉えることができます。

反対に、

自分にとって

心地よいものを拒絶されたり

心地悪いものを強要されたり

という経験をすると、

全てを受け入れるか

全てを拒否するか

という極端な選択になりがちになります。

この段階での母親との関係が条件つきの愛情だと、

子どもはいつも

自分を分かってほしい

自分の要求は聞いてもらえない

自分の欲求は持ってはいけない

という思いを抱えてしまうことになるんです。

自分を

受け入れてもらうために

認めてもらうために

本当の自分を隠し

ガマンして

騒がず静かに

親の要求を受け入れて

成長していきます。

これって

自分は本当は愛されない人間なんだ、という自己否定から自分を必死に守っているんです。

<このまま続くとどうなるか?>

この怖さを自分の中にずっと隠し持っていると、自己肯定感は育まれません。

我が子が騒いで、大きな声を出した途端に周りや近所の目が気になってしまいます。

静かにさせるために、子どもの好きなようにさせてその場を凌ぎ、お母さんのストレスは溜まっていきます。

仕事をしていて近所の子どもの遊び声や泣き声がすると、自分は思うように要求を出せなかった思いから

「静かにさせろ!」

「うるさい!!!」

と子どもが感情を抑えるまでイライラとしてしまいます。

だから、お互いに自分のことに精一杯で相手の立場に共感することなんてできないんです。

また繰り返し同じように

イライラして

ガマンして

誰かのせいにしながら

ずっと過ごしていくことになります。

できないのに言葉だけで対処しようとしても、それには限界があります。

<解決に向けて>

あなたがどちらの立場であったとしても、子どもの自由に欲求を出す姿を見て反応しているのは自分なんだとまず気がつくことから問題解決の第一歩となります。

あなたは、

自分の欲求を感じ

自分の欲求を出し

自主的に動く

ということに失敗を感じてしまったんです。

自分の意欲を育てることができなかったんです。

失敗した時は、自分からも周りからも、支えが必要なんです。

そうすると、学びに結びつきます。

もし、子どもに対して

言ってもどうせ分からない

イヤは自分を否定されている

と感じるから、

母親が何とかしろよ!!!と

思われている

思っている

と感じるなら、

まずはあなた自身の

自分はどうしてほしかったのか???

を自分に対して丁寧に聞くことから始めていくといいですよ。

子どもや社会に対して、ずっと

自分を分かって!!!!

と叫び続けるのでなく、

自分や周りに頼ることができ、助けてもらい、

それを自信にすることで子どもが段々と自立していくように、自分の躓きや傷に気がついたら、まずはそこに戻ってその時に必要としていたものを自分が与えてあげたいですね。

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<モニター募集のお知らせ>

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<リトリーブサイコセラピー個人セッション>

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つらさ

悲しみ

痛み

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怒り

怖さ

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納得できない!!!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

最近、外に出る時はマスクという生活に少しずつ慣れてきたつもりではあるんですが。。。

わたしは、普段から手洗いうがいは割とマメな方ではあるんです。

なので、うがいをしようとすると、マスクの存在を忘れてマスクをしたまま勢いよくお茶でうがいをしようとして。。。

顔とマスク沈没。。。

なんてことに何度か遭遇しています。。。

まあ、生きていると思うようにならないことってありますよね。。。

そのように自分の思うようにならなかった時に、

そんなはずはないのに。。。

どうしてこんなことに。。。

なんでわたしだけこんな目に。。。

と思うことってありますよね。

生きているといつも自分の思うような結果ばかりになるとは限りませんよね。

自分の思いとは反対の結果になると、その思いが強ければ強いほど、悲しかったりつらかったりしますよね。

そのような思いや経験は誰にでも起こる自然なことでもあります。

でも、

それがどうしても納得できない!!!

寝ても覚めてもずっとそのことが頭から離れない!!!

そのような時、

自分の中で何が起こっているのでしょうか???

今日は「納得できない!!!」というテーマで書いていきます

あなたはこんなことはないですか???

  • 曖昧なのが許せない 
  • 突発的な怒りを抑えられない
  • イヤなことをずっと引きずってしまう
  • 正しくないことが気持ち悪い
  • 自分の意図が伝わらないとイライラしてしまう
  • 自分の感情を表現できない
  • 周りの人から否定されるのが異常に怖い
  • ガマンすることに慣れている

ここには自分の中に「納得できない!!!」という思いが貼りついています。

この納得できない思いがずっと続くと、

物事に集中できなくなったり

しんどさを抱えたり

正しさばかりを求めたり

するようになっていきます。

自分をどんどん苦しめていってしまいます。

では納得いかない状況になった時に、

考え方を変えられたら

流せるようになったら

自分に言い聞かせられるようになったら

ガマンできるようになったら

相手に伝えられるようになったら

解決となるでしょうか???

<本当の問題は何か>

この「納得いかない気持ち」の根っこにあるのは自己否定の問題です。

自分は元々ダメな存在なんだと思っているのでダメな自分の感じる感情を信じていないからです。

自分の価値を信じてないので、納得のいかないような理不尽な相手からの対応や扱い、出来事をイヤダと思いながらも受け入れてしまっているんですね。

納得できない時に怒りを感じることは人として当然のことですが、どれだけ傷つけられたと感じても自分は無力だと信じているので怒りを認めることができないんです。

なので

耐えたり

理由をつけたり

何かしらのプラスの意味を見つけたり

どうでもいいと切り捨てたり

何でもないと認めなかったり

することで怒りの感情に気がつかないようにして自分を守るんです。

自分を否定していると自分の感じる感情も否定します。

自分の感じている怒りも否定します。

どれだけ否定してもそれは自分の中にどんどん溜まっていきます。

周りの人と意見が合わなかったり違ったりするだけで

お前はどうして私の思うように動かないのか!

こう動かないのはお前がおかしい!

お前はこう動くべきだ!

と責められているように感じてしまいます。

お前が間違っている、そう言われているように聞こえてしまうんです。

積み重なった怒りが自分へと向かい誤魔化せば誤魔化すほど納得がいかなくなります。

納得がいかないので何とか自分を納得させようと自分の感じている感情を否定することを繰り返していきます。

<このまま続くとどうなるか>

納得できないことを無理に納得させようと自分という存在を捨てていくようになります。

相手から求められている自分になろうと自分の欲求を無視していきます。

周りから愛されていない自分に価値はない!!!

その怖さを見ないでいいように、自分の欠点やマイナスを何とか良いところやプラスへと変えて愛してもらおうとします。

ずっと相手を変えるための必死の努力を続けないといけなくなります。

<解決へ向けて>

本当は感じている怒りは過去から積み重なった怒りです。

その怒りは、自分を否定し続けたことに対する納得できない怒りでもあります。

過去に安心して表現することが許されなかった怒りなんです。

納得いかない時ほど受け入れるのは相手の感情や状況ではなく自分の本音です。

本当はその理不尽にイヤダと言いたかったんです。

意味が分からないその不当な扱いにイヤダと言いたかったんです。

本当は感じている自己否定することで抑えつけてきた自分の怒りに目を向けることでこの問題は解決へと向かっていきますよ。

思うようにいかないことが多くなったり、自分の想像とは違いストレスが溜まる日々、そんな時だからこそ自分が自分のことを普段からどう思い、どう扱っているかを見ていくといいですね。

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自分の中にある、

つらさ

悲しみ

痛み

苦しみ

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ショックを受け入れられない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

新型コロナウイルス感染による肺炎で、志村けんさんがお亡くなりになりましたね。

驚きと共に、押し寄せてくる悲しさや喪失感。。。

心に痛みを感じた方も多かったと思います。

何より、近親者も遺体に対面できず、感染予防のため火葬されるまで会えないかもしれないというのは、本当につらいだろうと思います。

会えないままだからこそ、

こんなの信じられない。。。

また会えるんじゃないか。。。

きっと悪い夢なんだ。。。

と現実をショックで受け入れられないのではないかと思います。

けれど、これは当たり前の反応です。

ショックなことが起こった時に、すぐに受け入れることはなかなか難しいものです。

受け入れられなくて当然

なのに受け入れられないんです。

受け入れたくないんです。

  • 心が塞ぎ込んでいるのに、周りの人を励ましてみたり、
  • その事が頭から離れなないのに、忙しくして忘れようとしてみたり、
  • 自分の中に閉じこもっているのに、平気なフリをしたり、
  • ものすごい衝撃を受けたのに、無かったことのように振る舞ったり、
  • 悲しくてたまらないのに、何とかそこにプラスの意味を求めたり、

必死にそのショックから逃れようとする。

そんなことをしてしまうことはないですか???

その時、心の中で何が起こっているんでしょうか。

今日は「ショックを受け入れられない!」というテーマで書いていきます。

先ほども言いましたが、ショックな事が起こった時にすぐに受け入れられないのは当たり前の反応です。

人は予想もしないようなショックなことが起こった時には、まず自分の心を守ろうとします。

感情を切り、現実逃避をしようとします。

現実ではないと自分に言い聞かせることで、自分の心を守るんです。

こんな事は信じないと事実を否定し、何とか自分を保とうとするんです。

思いもよらない喪失と言うのは、今までの自分の世界を破壊します。

不安

恐怖

で心の中が埋め尽くされ、早く手をうたないとまた悪いことが起こってしまうと思ってしまい、焦って行動してしまったり、自分を見失なったりします。

怒りや後悔、

もっとできることがあったのに。。。

どうしてあんなことをしてしまったんだろう。。。

その思いを誰にもぶつけることができず、怒りを自分へとぶつけたりもします。

そうです。
これが当たり前なんです。

にも関わらず、

ただただ悲しむことができない。。。

自分が寂しいことを受け入れられない。。。

感じている痛みに目を向けられない。。。

どうしてだろう。。。

自分は冷たい人間なんだろうか。

周りが悲しんでいるのに、自分だけ何も感じない。

その出来事は心の中にあるのに、自分の心が全く動かない。

それに耐えきれず、

みんなは悲しんでいるけど、これは悲しいことなんかじゃない!

きっと、これからがもっと良くなるために起こったに違いない!

もっと、つらくて苦しい思いをしている人だっているんだから!

そう言い聞かせてみたりして、自分の感じている感情を必死に否定しようとするんです。

自分の受けたショックを他人事のように扱ってしまう時というのは、喪失体験を通して自分が自分自身をどのように思っているのかが露出している時でもあるんです。

<本当の問題は何か>

ここで出てきているのは、自己否定の問題なんです。

普段は

努力をしたり、

誰かや何かで埋めたり、

ポジティブに変換したり、

他に目を向けたり、、

誤魔化したり、

そうすることで感じなくしていた自分の中にある今までの

劣等感

無価値感

無力感

絶望

悲しみ

が、喪失体験をしたことで一気に押し寄せてきているんです。

なぜ、喪失体験を経験したら自己否定を感じてしまうんでしょうか???

人は、母親から生まれた時に初めての喪失を経験すると言われています。

その後も生きていく中で、色々な喪失体験を経験するのは当たり前のことです。

その時に支えてもらうどころか、

これくらい悲しくなんてない!

寂しいなんて言うんじゃない!

なんて大げさな!

すぐに弱音を吐いて!

もうそれ以上言わないで!

と自分の悲しみを否定され、拒絶され、なかったことにされてしまうと、子どもはショックを受けている自分がおかしくて、失った自分がダメなんだと思い込んでしまいます。

子どもの頃に感じた悲しみを表現してそれを受け止めてもらうという体験をしてきていないと、大人になってから経験する喪失体験を受け止められなくなるんです。

自分がダメで、価値がない人間だから失ってしまったのだと、喪失体験そのものが自分の無価値の証明のように思ってしまい、自分が壊れてしまいそうな耐えられない痛みを感じてしまいます。

なので痛みを感じることを何とか避けようと、こんなこと大したことなんかじゃないと自分に言い聞かせたり、周りの状況をコントロールしようとするんです。

ショックな事が起こった時にその現実を頑なに拒否して受け入れられないのは、価値のない自分を思い知ったり、受け入れることが怖いんです。

なので受け入れられない自分を責めながらも、受け入れないことで自分を必死に守っているんです。

<このまま続くとどうなるか?>

受け入れられない自分を否定しながら、本当の心で感じている自分の価値の無さから目を逸らさないと生きていけません。

受け入れきれずポジティブに変換し、

感じている無価値に耐えきれず自分に絶望し、

どうにもできない自分に無力感を感じ、

心が折れそうになるのを抑えながら、頑張り続けることをやめられなくなっていってしまいます。

ダメな自分を隠して、周りから見つからないように調整して、自分に起こるショックな出来事や悲しい喪失を、ずっと押し殺して逃げ続けないといけなくなります。

そして、自分が経験するありとあらゆるショックな体験、喪失体験をずっと否定しながら生きていかないといけなくなります。

<解決に向けて>

ショックな出来事や喪失体験、

それで失ってしまった自分の価値を感じることです。

悲しみ、怒り、苦しみ、むなしさ、痛み、

その全てを感じることです。

自分を受け入れられないなら、自分に起こる出来事も受け入れられないのは当然です。

自分を受け入れていくには、隠してきた自己否定も受け入れていく。

自分よりも他にもっと悲しんでいる人はたくさんいるんだからと、そうやって自分の本当の気持ちにフタをしなくていいんです。

自分よりもつらい思いをしている人がいることが、自分が悲しくない理由にはならないんです。

自分の悲しみを置いてけぼりにしない

置いてけぼりのままの自分の本音を見ていくことで、ショックを受け入れられない自分を受け入れていけるようになっていきますよ。

最近は特に、先が見えなかったり、ショックなことが起こったり、受け入れられないような出来事も多い日々ですよね。

そういう時こそ、

自分の本音を確認したり

周りの人と分かち合ったり

そういう時間を大事に取りたいですね。

 

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ひとりでは築くことができない人間関係。

今まで自分の中に押さえ込んできた怖さや痛み。

そんな、ひとりではできないことを仲間と共に見つめ、受け止めていくことで自分をたくさん知っていく、ぬくもりのコースです。

もちろん楽しいことばかりではないけれど、だからこそひとりじゃないと感じることができる

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自分の中にある、

つらさ

悲しみ

痛み

苦しみ

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素直になれない

こんにちは。

 

 

 

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

 

 

 

段々と寒くなってきましたね。。。

 

 

 

日中の雲の多さや夕方の一気に暗くなる感じに、もう秋は去っていったのだと痛感しております。。。

 

 

 

朝、唇を紫にしながらも「まだ11月だから!」と上着を着ないナゾの行動をしております。。。( ̄◇ ̄;)

 

 

 

なーんて、ミステリアス風に言いながらもただ単に洗濯物を増やしたくないめんどくさがり屋なのであります。。。( ̄▽ ̄;)

 

 

 

 

 

さて、今日は「素直になれない」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

素直になれない時って、どんな時でしょうか。

 

 

 

本当は自分の気持ちに素直に言ったり、聞いたり、行動したりしたいんだけど、何だかそれができない。

 

 

 

そして後から、ああやってればよかったのに!と後悔したりする。

 

 

 

 

自分の本音とは違うことをしている時、それは「誰かのため」であったりもします。

 

 

 

 

自分の思うように言ったり、聞いたり、行動したりすると、その誰かに良くないことが起こると思っていたりするんです。

 

 

 

 

だから自分の本当の感情を

ガマンして

抑えつけて

耐え続けて

大切な人の平和や安心、そして大切な命を守ってきたんですよね。

 

 

 

ここまで自分はそうやって頑張ってきた。

 

 

だからその

悔しさや

惨めさや

怒りを

自分の力に変えて頑張ってきた。

 

 

 

それなのに、いきなり素直になって

本当は助けてほしい

本当は苦しい

本当はこんなのイヤ

そんなこと言えない。。。

 

 

 

そんな自分の素直な感情を認めてしまったら、

今までの自分じゃなくなってしまう

今までの自分は何だったんだろう

そう思ってしまいそうでつらい。。。

 

 

 

でも、それって自分自身も自分の周りも、信じてないんですよね。

 

 

 

 

素直になって自分の感情を感じることは、

今まで頑張ってきた自分を否定することではないんですよ。

 

 

 

素直に認めて、

相手からの否定や拒絶を味わい、

愛されていない自分を感じてしまうことが、

愛される価値のない自分を感じてしまうことが、とても怖いんです。

 

 

 

人から愛されないと価値はない

その自分の中にある傷を自分自身が受け止めて癒すことが先です。

 

 

 

自分には自分を受け止めるチカラはないんだ。。。

 

 

 

自分のことをそう思っているのなら、人に受け止めてもらわないといけないので、人からの否定は何より怖ろしいものになってしまいます。

 

 

 

素直になって、それを人から受け入れてもらえなかったら、もう生きていけないくらいに怖いんです。

 

 

 

だから素直にならないと決めてしまっているんです。

 

 

拒否されないように。

否定されないように。

嫌われないように。

 

 

 

 

でも、それだと欲しいものはずっと手に入らないですよね?

 

 

本当は

愛情

ぬくもり

人と繋がりたいのに、目に見える形ばかりを求めてしまいます。

 

 

 

そして、素直にならないことで、相手に自分を汲み取ってほしいとも感じているんです。

 

 

 

自分ではなく、相手に変わってほしい。

 

 

 

相手を分かりたいのではなく、自分を分かってほしいと思っているんです。

 

 

自分のことを、自分が思っているように相手に分かってほしいんです。

 

 

 

だから相手を何とか変えようとする。。。

 

 

でもそれって無理ですよね?

 

 

 

相手を変えたい自分を隠すのではなく、変えたいと思っている自分の心の傷に気が付いていったらいいのだと思います。

 

 

 

ひとりで向き合うのが怖い時、それは誰か一緒に受け止めてもらいながら、その傷を受け入れていけばいい。

 

 

 

 

 

気が付き、癒すことができたら、素直に自分のチカラや本音を信じていけるようになれるから。。。

 

 

 

 

 

お知らせ

 

 

 

只今、限定でモニターさんを募集しています!!!

 

 

わたしはこのリトリーブサイコセラピーで命を救われました。

 

 

 

それは、自分の喪失からの再生でした。

 

 

 

たくさんの失ったもので傷ついた心が回復していくよう、自分の精一杯でカウンセリング・心理セラピーをさせていただきます!!!

 

 

 

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イチブトゼンタイ

こんにちは。

 

 

 

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

 

 

 

昨日は芋掘りでした。

 

 

 

土の中に埋まっている芋を、ツルの下に狙いを定めてホリホリホリ。。。

 

 

 

大きなお芋、連なっているお芋、小さなお芋、とたくさんの芋が埋まっていました。

 

 

 

手で掘り進めていくのですが、子ども達のやり方も様々。。。

 

 

①ひたすら土を掘っていく子

②土がかかるのがイヤであまり進まない子

③ツルをどんどん引っ張っていく子

④固まっている子

⑤芋の周りを掘り進める子

⑥途中まで芋が見えたら引っこ抜く子

 

 

と、いろんな子がいました。

 

 

 

大人としては、⑤芋の周りを掘り進めて、全体が見えてきたら少しずつチカラを加えていって、掘り上げたいところであります。

 

 

 

そうは言っても、夢中になっていたり、反対に経験のないことに消極的になっている時に、人の言葉はなかなか耳に入ってこないものでもありますよね。。。

 

 

 

 

そんな子ども達の勢い溢れる芋掘りを見ながら、ちょっこし心理と結びついたのでブログにしてみます。

 

 

 

今日は「イチブトゼンタイ」というテーマで書いていきます。

 

 

 

さてリトリーブサイコセラピーなんですが、セラピストが質問をしながらクライアント本人が何に困って問題を解決したいと思っているのかを明らかにしていきます。

 

 

 

そのことを「掘る」と言っていますので、芋掘りで土を掘るその姿が問題を掘り下げていく様子と私の中では重なったんですね。

 

 

 

問題だ、と自分が感じていることを掘り下げていく

 

 

 

あなたはそう聞いてどう思いますか???

 

 

 

自分が問題を目の前にした時、もしくは自分自身を目の前にした時、どのように反応したり対応したりしているでしょうか???

 

 

 

これって先ほどの、芋を目の前にした時の子どもの反応や対応と似ていると思うんです。

 

 

①とにかくガムシャラに問題を解決しようとする

②普段から問題や自分自身に向き合うことはしない

③表面に見えている問題を切り離していく

④怖くて問題や向き合うことを避ける

⑤問題の全体を見て根本を解決する

⑥本当の問題が明らかになると解決を諦めてしまう

 

 

 

どうですか???

 

 

 

ひとつだけではなく、いくつか当てはまるのではないでしょうか。

 

 

 

土を掘っていくことで芋が見えてくるように、問題や自分自身を掘り下げていくことで問題や自分の全体が見えてきます。

 

 

 

その掘る作業が、心理セラピーでいう質問です。

 

 

 

怖さや生きづらさ、問題として表面化している自分の困っていることを掘り下げて行くとその全体が見えてきます。

 

 

 

怖いことにして、

生きづらいことにして、

問題にすることにして、

その一部分だけを見て、 

 

 

 

本当は

感情を感じたり表現しないと生きていられる

イヤだと言うと居場所を失う

愛してくれなかった両親を変えたい

誰かの役に立っていればひとりぼっちにならない

自分は無力で必要ない存在だから人から認められたい

 

 

そんな自分の二次利得を握りしめている本音や全体を見なくてすんでいたりするんです。

 

 

 

だからといって、あなたはずっと芋畑で立ち尽くしていたいでしょうか???

 

 

 

見えている芋に、また土を上からかぶせるでしょうか???

 

 

 

掘っている途中で、無理やり引っこ抜いて芋を折りたいでしょうか???

 

 

 

自分を知らないまま、問題の全体が分からないまま一部分だけにしておくから、正体が分からずにどんどん怖さが増していきます。

 

 

 

見てしまうと

やってしまうと

何か怖いことになるかもしれない。

 

 

 

経験したことないし

知らないことだから

今のままがいい。

 

 

 

見ないまま

知らないまま

今のままでいると

何とか平穏を保てる気がするかもしれません。

 

 

 

でも、ずっと恐怖から逃げ続けないといけなくなります。

 

 

 

芋掘りは、どの反応をしていた子も、

やり方を聞いたり

始めてを体験してみたり

一緒に手伝ってもらったり

励ましてもらったり

気持ちを共感してもらったりしながら

それぞれが掘ったお芋を嬉しそうに、誇らしそうに見せていました。

 

 

 

分かった!!!

できた!!!

おもしろい!!!

を分かち合って積み重ねていきながら子どもは成長していきます。

 

 

 

 

もちろん、できないことも失敗することもあります。

 

 

 

その時に耐えたり、助けてもらったり、どうやったらできるのかを考えたりしながら、また挑戦していく。

 

 

 

その経験の中に一部分の不快が存在したとしても、全体として快が上回ったらいいんです。 

 

 

 

 自分自身も同じです。

 

 

 

自分の中に一部分の怖さやつらさや不安を見つけても、全体で大きな安心に変えていったらいいんです。

 

 

 

だから、一部分では分からないんです、自分も、芋も。。。

 

 

 

一部分の怖さやつらさや不安から自分の全体を知る、そこから自分がどうしたいのかを選んでいくことができます。

 

 

 

自分の一部分と全体、不快も快も、どちらも自分です。

 

 

 

どちらかしか大事にできない、どちらも大事にできない、そんな時こそ自分を掘り下げてみませんか???

 

 

 

大きな芋。。。(しつこい。。。)、大きな気づきがあると思いますよ。

 

 

 

自分だけでは掘り下げきれない、そう感じるなら心理セラピーに助けてもらっていいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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わたしはこのリトリーブサイコセラピーで命を救われました。

 

 

 

それは、自分の喪失からの再生でした。

 

 

 

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