悲しみから立ち直れない。。。

ステータス

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

さあ、幼稚園でも新学期です。

子どもたちも、進級したり、入園した喜びを感じながらも、同時に今までとの違いも肌で感じ取っています。

 

今までなら何てこともなかったことにナイーブになったり、イライラしやすくなったりするのは当たり前の時期とも言えますね。

 

子どもたちは、その場でどかーん!と

泣いたり

怒ったり

自分の欲求を出すことができるんですが。。。

 

これができないと、ずっと感じた悲しさから立ち直ることができませんよね。

 

 

ずっと立ち直れない時は、人とつながりたいと思いながらも、人と会うと傷つけられてしまう感覚が強く、段々とひとりになっていく。。。

 

悲しみや寂しさや辛さを、誰とも共有できずにどんどん孤独を増していってしまいます。

 

悲しみや寂しさや辛さを誰とも共有できないことほど、人を孤独にするものはありません。

 

悲しみを引きずると、人は孤独になっていきます。

 

孤独が続くと、鬱や睡眠障害、何かへの依存や自殺未遂などさらに苦しい状況へと向かってしまうことがあります。

 

これって、悲しみを感じたことが問題なんでしょうか。

 

今日はそんな悲しみを感じたくない心理、

「悲しみから立ち直れない。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

どんな人でも、悲しさだけを感じないように生きていくことなんてできませんよね。

悲しみが続いて、立ち直れないことの本当の問題はどこにあるのでしょうか?

それは。。。

自分自身を見れないこと、なんです。

 

悲しい出来事が起こった時、悲しいというアナタの気持ちを自分で受け入れたり、人から受け入れる手伝いをしてもらった時は、その時に悲しみを感じることができて、存分に悲しむことができます。

 

悲しむ自分を許可できるんです。

 

しかし、あまりにも悲しすぎて受け止めきれないようなことがあると、

 

悲しみを

否定したり

拒否したり

逃避したり

別の感情に変換したり

誰かのせいにしたり

することで、アナタは自分を守ろうとします。

 

自分が悲しむことに許可ができないんです。

 

<このままだとどうなるか>

自分が悲しむことを許可できないということは、アナタはアナタを否定するということなんです。

 

 

悲しみを否定することで自分を守っているはずなのに、自分で自分を否定しながらアナタは生きていくことになってしまいます。

 

ずっと別れを認めず、寂しさや悲しさや辛さを心の奥底に隠しこんで何とか忘れようとします。

  • 他の誰かで埋めようとしたり
  • 何かをすることで紛らわせようとしたり
  • 幸せなことしか見られなくなったり
  • 時間が解決する、とひたすら我慢したり
  • 寂しさや悲しみなどのネガティブな感情を否定したり

そんなことをしながら、立ち直る日を待ちます。

でもね!!!!!

待っていても立ち直れる日は遠いんです!!!!!

寂しさや悲しみ、自分のネガティブな感情、弱さや恐怖、これらを押さえつけることで立ち直ることはできないんです。

それらの恐怖や、それに結びついている感情が自分の価値とは関係がないことを、自分が身体と感覚で腑に落ちないと、いつまでも別れを否定しながら自分を保たないといけなくなります。

 

 

<解決に向けて>

悲しみを何と繋ぐのか。。。

それは、自分自身です。

 

悲しみとアナタ自身を繋ぐんです。

 

アナタが悲しみから立ち直れないのは、悲しみを通して感じた自分への否定が癒されていないからなんです。

 

 

 

 

けれどアナタは、

自分自身を否定することで、悲しみを避けることができて、自分の不安を消すことができていたんです。

 

悲しみを感じてしまうと、自分の不安や恐怖とも向き合うことになります。

まさに自分自身に向き合うことになるんです。

 

悲しみから立ち直れないことの本当の問題は、

自分自身の不安や恐怖に、自分が向き合えないこと。

アナタが自分で自分を否定していること。

 

これが問題なんです。

 

悲しみは、あなたがダメだから起こったのではありません。

悲しみは、あなたの価値とは関係ありません。

悲しみは、あなたのせいではありません。

 

アナタの中で否定している悲しみや自分自身を、アナタはどうしてあげたいですか?

 

 

 

<個人セッションのお知らせ>

4月の個人セッションの予定を出しています。

アナタの問題解決に向けて、どうぞご利用くださいね。

最新予約状況

 

人から優しくされるのがイヤ。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

新学期ですね。

入園や入学や進級や就職や新天地。

今までとは少し違う日常を迎えた方も多いかもしれませんね。

 

 

不安や怖さを抱えながらも人には頼れない。。。

助けてくれる人がいても、申し訳なかったり、何かお返しをしないといけないようで、「大丈夫です。」と拒否してしまったり。。。

 

 

今日はそんな周りからの優しさや愛情が欲しいのに受け取れない心理、

「人から優しくされるのがイヤ。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

受け取ってしまえばいいのに、優しさを受け取らないし受け取れない。

ここにあるのは、共依存の問題です。

 

ずっと誰かの役に立ってきた。期待に応えてきた。

相手が不安だと、自分も落ち着かない。

相手を安心させ、喜ばせることで自分も安心できる。

だからこそ、相手のために全力を尽くす。

 

アナタはこれを、相手を変えながらやってきてはいないでしょうか。

 

アナタは、自分を捨てて相手を生かすことを懸命にやってきたんです。

目の前の大好きな相手のために。

そして自分の安心のために。

 

アナタの目の前の人は、常に

かわいそうだったり、

大変そうだったり、

悲しんでいたり、

威圧的だったり、

大騒ぎしていたり、

起こっていたり、

していたからこそ、アナタはその人のために自分を捨て相手を安心させてきたのではないでしょうか。

 

そして、自分を捨てることで、アナタは自分の安心も手に入れることができたんです。

 

アナタが自分を捨てその人を受け入れなかったら、

その人が壊れてしまったり

その人から恨み節を言われたり

その人が責め立ててきた

そんな過去があったのだと思います。

 

 

それは苦しんだ後に見つけた、アナタの答えだったんだと思うんです。

 

つらさ、いやさ、痛みを感じながらも

大切な相手がどうにかなってしまうような怖さを感じるよりは、

自分を捨て、抑え、ガマンすることを選んだのだと思います。

 

 

それが、アナタにとって大きな安心や、安定や、安全だったりしたんです。

 

 

自分を捨て、相手を生かすことで生きていられるのに、そこに周りの人からの優しさやぬくもりなどの愛情が入ってきたら、アナタはどうなるでしょうか?

 

 

受け取ってしまうと何が起こるでしょうか?

 

アナタがシアワセな世界を築いていくことになります。

そうすると、アナタは今までの安心や安定や安全を失うことになります。

 

 

アナタが感じていた今までの安心や安定や安全は、アナタが自分を捨ててこそ成り立つものだったからです。

 

 

<このままだとどうなるか>

欲しいはすの、優しさや温もりといった人からの愛情。

けれど、それを受け取ってしまうと、

 

ひとりぼっちな自分

守ってもらえない自分

見放された自分

居場所を失った自分

愛されない自分

を感じてしまうんです。

 

 

アナタが

自分の世界を築き、

自分の幸せを追求し、

自分の信じたい人を信じて生きていく、

そうしようとすればするほど

 

裏切りものの自分

見捨てるひどい自分

存在価値のない自分

を感じてしまうんです。

 

 

自分を持つと、アナタは守ってくれる世界を失うことになるんです。

だから、人からの優しさや愛情を受け取ることを拒んでしまいます。

 

 

そうしていれば、今までの世界で生きていくことができるから。

 

けれどそれを続ける限り、アナタは自分を捨て続けないといけません。

 

相手をシアワセにすることでしか、自分のシアワセを感じることができなくなってしまいます。

 

アナタ自身のシアワセを、アナタの意思で掴むことが一生できないということになってしまいます。

 

<解決に向けて>

アナタは両親のことを、大好きで同時に憎んでもいませんか?

そのモヤモヤが、今の人間関係でも同じように起こっていないでしょうか。

 

 

両親の虚しさや悲しさという無力感や無価値感をずっと感じてきたのではないでしょうか。

だからこそ、埋め続け、役に立ち、期待に応えることで、アナタ自身も自分の存在価値を感じることができていたんです。

 

 

アナタが周りからの優しさや愛情を受け取り、自分を持ってしまうと、この両親のために生きることができなくなってしまいます。

 

人の優しさを受け取れないのではなく、受け取ってしまうと

親を見捨てるような

自分が見放されるような

そんな怖さをアナタがずっと抱えているということなんです。

 

 

アナタは

怖さで自分を縛り、今の安定を選びたいのか。

怖さを超えて、自分のシアワセを掴みに行きたいのか。

アナタがこことじっくり向き合うこと。

そこから、どうしたいのかを決めること。

 

 

どうしたいのかを選べるのは、アナタしかいないんです。

アナタが人の優しさを受け取ることは、両親を裏切ることでも、見捨てることでもないのだから。

 

 

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別れを引きずってしまう。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

4月に入りましたね。

新学期を迎えたり、新しい出会いや生活が始まる人も増えますね。

先日の新幹線での1コマなんですが、ホームでおそらく進学のために引っ越しをする高校卒業したての若者。

そして周りには、見送りにきた友人たち。

発車のアナウンスと共に、

「またなー。」

「頑張れよー。」

「やべ。泣きそ。。。」

という声に送られながら、ドラマのように新幹線は出発しました。

 

見送られた若者は、しばらくドアの前で泣いていました。

 

 

あー、なんとも切ない別れの場面でした。。。

 

ホームで見送った若者たちは、すぐに階段に向かったり、ずっと手を振っていたり、ひとりで噛み締めていたり、泣いていたり。

 

別れの時。

すぐに切り替えて進める人と、ずっと引きずってしまう人といますよね。

 

別れの季節がつらすぎて、引きずってしまい、新しい環境や出会いに気持ちが向かなくなってしまうこともあります。

 

もう、切り替えて新しい環境にの馴染みたいのに。。。

春なのにー、ため息またひとつー♪(古)がエンドレスな状態。。。

 

今日は別れの季節が来るたびにモヤモヤとしてしまったり、ユウウツになってしまう心理、

「別れを引きずってしまう。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

この本当の問題はまだあなたが未解決の傷を抱えたままであるということです。

「もう会えない。」

「今までとは変わる。」

「失ってしまった。」

そんな別れは誰しも喜ばしいことではありません。

 

けれどあなたが別れの季節に憂鬱さや悲しさ、切なさをずっと感じているのならば、それは今の別れの寂しさでは無いかもしれません。

 

別れの場面を見たり体験したりすることで、あなたが過去に感じた大切な存在との喪失体験を思い出している、という事かもしれません。

 

それが突然だったとしても、分かっていたことだったとしても、同じことです。

 

あなたがその別れの悲しさ、寂しさ、痛さ、無力さ、怒りと言う感情を十分に感じることなく、その時の現実にただ対応するしかなかったのであれば、傷は癒えるどころか残ったままになっています。

 

「自分は失ってしまった。」

「大切な人と別れて悲しい。」

「大切な人と別れて悲しい。」

「どうしてあの人がここに居ないの?」

 

そんな納得のいかない、沸き起こる感情を

「悲しいね。」

「寂しいね。」

「つらいね。」

と大人に一緒に感じてもらった子どもは、その喪失の痛みを受け止めて、同時に愛されている自分を感じることができます。

その喪失の痛みを受け止めて、同時に愛されている自分を感じることができます。

 

しかし、周りにその余裕がなかったり、子どもの喪失を大人が大した事では無いと共感しなかったりすると、子どもはその別れに

自分を大切にされない痛み、

捨てられた悲しみ、

自分にはどうすることもできない無力さ、

を味わったまま、別れが来たのは自分が愛されていなかったからだと思い込んでいくようになってしまいます。

 

<このままだとどうなるか>

別れの季節が来るたびにあなたの心が疼いてしまうのは、あなたが別れと同時に愛されない自分を感じているからです。

別れとは、

自分が愛されない、自分が捨てられた証になってしまうからです。

 

だから別れの季節になると自分の感情が不安定にならないように自分の不安を切り捨てて、別れの辛さを感じないようにしたり、別れに対して前向きな理由を見つけようとしたり、最初から人と関係を深めずに悲しみを減らそうとしたりします。

 

自分の不安を切り捨てて、別れの辛さを感じないようにしたり、別れに対して前向きな理由を見つけようとしたり、最初から人と関係を深めずに悲しみを減らそうとしたりします。

 

そうしていれば愛されない自分を感じずに、傷を見ぬフリができて、アナタはこれ以上傷つかなくてよかったんです。

 

そうやって、何とか自分を保つことができたし、自分を生かすことができたんです。

そうやって、何とか自分を保つことができたし、自分を生かすことができたんです。

 

そのかわりに、あなたは

 

人が信じられず

自分を感じられず

悲しまないけれど喜びも嬉しさも感じることができない

 

そんな孤独感いっぱいの毎日を過ごしていくことになります。

自分を守るために孤独な毎日を過ごすことをあなたは心から望むでしょうか?

 

 

<解決に向けて>

別れが来たのはあなたのせいではありません。

あなたが愛されていなかったからでもありません。

別れを悲しんでも、寂しさや痛みを感じても、無力さや怒りでいっぱいになっても、あなたが捨てられたといことではありません。

 

別れが来たのは自分のせいだと思わなければ現実を生きられなかったくらい、あなたはその別れに傷ついていたし、悲しんでいたし、無力になったり怒ったりするくらい受け入れられなかったんです。

 

傷ついたままの自分にアナタは何と声をかけてあげたいですか?

 

傷ついたままの自分に気がついた時、

本当は悲しかった自分に気がついた時、

あなたがあなたにどうしてあげたいでしょうか?

 

受け止めてあげたい、受け入れてあげたい、助けてあげたい、あなたがそう思うのなら自分の傷の痛みにも改めて向き合うことにもなります。

 

ひとりでは抱え切れない傷に気づいた時こそ、あなたがあなたのためにできる事は何かを自分に聞く時です。

 

アナタは、自分の未解決のままになっているその傷を、アナタのためにどうしたいでしょうか?

 

怒りのスイッチ

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

いつも穏やかな心で。。。

笑顔を忘れずに。。。

どんな時も冷静に。。。

 

そうやって自分を律している人。

人間関係でも、そういう人が大人の振る舞いとして見られることが多いですよね。

 

けれど、普段からそうやって気をつけている人ほど、一旦怒り出すと止まらない、なんてことがよく起こります。

 

まるで人が変わったように、突然急変して怒り狂ってしまう。

 

自分でどうにもできないくらい、スイッチが入ったように怒りが止まらなくなってしまう。

 

もしかしたら、アナタもそんなことがあるかもしれません。

 

 

今日はそんな一瞬にして怒りが沸き上がってしまい、その怒りが止まらない心理、

「怒りのスイッチ」というテーマで書いていきます。

なぜ、いきなりアナタの怒りのスイッチは押されてしまうのでしょうか?

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着、自己重要感の問題です。

自分で自分のことを大切にできずに、どんな自分でも大丈夫なんだと受け入れられない。。。

それが、怒りのスイッチとどんな関係があるのでしょうか?

 

それは。。。

怒りのスイッチを押し、怒ることで避けられる感情がある、ということなんです。

 

怒りのスイッチを押して、怒りまくったり、相手を攻撃したり、ストレスを発散することでアナタが本当に見なくていいもの。

それは。。。

 

自分は分かってもらえない。

自分は助けてもらえない。

自分は愛してもらえない。

 

という深い深い悲しみ。

 

アナタがずっと幼い時から本当は感じていたこの悲しみやつらさや痛みなんです。

 

これを感じてしまうと自分がとてもじゃないけど耐えきれないから、怒りのスイッチを押して、その痛みをはね返そうとするんです。

 

怒りを使って、

分かってもらえない悲しみ

助けてもらえないつらさ

愛してもらえない痛みを

何とか自分の中に入れないようにしているんです。

 

<このままだとどうなるか>

怒りのスイッチを使っていれば、アナタにとってイヤな感情は感じないでいられます。

 

なので、自分を保つことができます。

 

しかし、相手の話を最後までじっくり聞いたり、相手と折り合いをつけて話し合ったり、交渉したりすることをしないままで、とにかくスイッチを入れて、怒りで相手をはね返そうとしてしまいます。

 

そうすると、相手との関係はギクシャクしてきます。

 

話を聞かずに、怒り出してしまい、責め立てられたら、相手も当然離れていってしまいます。

 

なので、イヤな感情を感じなくていい代わりに、アナタはどんどん孤立して、孤独感に苛まれていくことになってしまいます。

 

自分の悲しみやつらさや痛みを避けようと怒りのスイッチを入れれば入れるほど、アナタは孤独感を募らせていってしまうんです。

 

そして孤独に耐えきれず、また誰かに関わりに行き、また怒りのスイッチを押して人間関係を壊す、ということを繰り返してしまうんです。

 

<解決に向けて>

感じたくない。

避けたい。

逃げたい。

その思いが強ければ強いほど、アナタの中にある傷も大きなものなんです。

 

傷を持ったまま人と関わったら、痛くて怖くて、「触らないでー!!!」と相手を拒絶したくもなりますよね。

 

だからまず、アナタの中に傷があることに気がつくことなんです。

 

怒りのスイッチを押してしまう自分をダメだと責めるその前に、どうしてアナタが怒りのスイッチを押さなければいけないのか。

 

怒りのスイッチを押してまで、アナタは自分を必死に守ろうとしているだけなんです。

 

だから、まずはその傷を見ないといけないんです。

 

傷を見つけて、

痛みを逸らさず、

手当てをすること。

 

そうすれば、

怒りのスイッチを使わなくても、アナタがアナタを守れるようになります。

 

傷を避けるのではなく、アナタの傷を見ることから始めてみませんか?

 

 

自由になりたい!の落とし穴。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

三寒四温。

季節はだんだん春へと向かい、出会いも別れも一緒に感じることが多い季節ですね。

 

身体も日々の変化に何とかしてついていこうとするそうで、イライラしたり、落ち込みやすい時期でもあるそうです。

 

 

心も身体も疲れ気味だと、イライラしやすかったり不安を感じやすいのも納得ですよね。

 

ああ、もう!!!

この人さえいなければ!!!

この出来事さえなければ!!!

自由になりたいーーーー!!!!!!

 

と、ストレスがあればあるほど人は自由を求めますよね。

 

 

今日はそんな、自由を求めている時に陥りやすい心理、

「自由になりたい!の落とし穴。」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは愛着自己重要感の問題です。

 

かわいそうな人。

威圧的な人。

アナタがイヤだと感じる人。

 

その人から離れようとすると、

 

自分が

悪いような、

間違っているような、

ダメな人間のように思えて、

その目の前の人から離れることができない。。。

 

その苦しさを感じたくなくて、

その人にもいいところがある

自分のためを思ってくれている

あえて嫌われることをしてくれている

と、そこに愛情を何とか見つけようとします。

 

そうすることで、

愛される自分

大切にされている自分

守られている自分を

アナタは感じることができるから。。。

 

けれどそれは息苦しい愛情なんです。

アナタを縛る愛情なんです。

 

だって、それは相手の支配下でしか自由や愛情を感じられないから。

 

こんな自由はイヤだ!!!とその支配下から飛び出そうとしても、

もう愛してもらえない

もう大切にしてもらえない

もう守ってもらえない

と怖くなって、アナタは自分の足を止めてしまいますよね。

 

 

だからどれだけ息苦しくても、目の前の人は

本当は愛してくれて

本当は大切にしてくれて

本当は守ってくれると

信じていたいのは、実はアナタの方だったりします。

 

本当の相手を見てしまうと、アナタは自分が本当は愛されず、大切にされす、守られていない自分に気がついてしまうんです。

 

それがつらすぎて、アナタは自由になりたい!と言いながら、重い相手を感じながら、自ら相手の支配を受け入れて、自由にならないことで愛されることの方を選んでいるんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

アナタがこのまま自分に起こっていることに目を向けなければ、アナタが自由を感じられることはありません。

 

目の前にイヤな人がいなくなりそうになると、アナタは別の人の支配下に入って自分をまた縛ってくれる人を探してしまいます。

 

これを繰り返すから、アナタはずっと自由になっていないんです。

 

自由でないことに不満を持ちつつ、でもどこかで安心しながら過ごしていくことになります。

 

 

自由になりたい。

でも自分から自由になろうとはしていないんです。

 

実は、アナタの自由を奪っているのは

他の誰かではなく、アナタ自身だったりします。

 

 

<解決に向けて>

アナタの中で起こっていること。

それは。。。

 

アナタをいいように使い、目的を果たすためにアナタを利用していることを

「愛されている」

 

アナタのためを思って、とアナタを否定し、怒り、拒絶し、思うように動かすことを

「守られている」

 

アナタが居ないと嘆き、悲しみ、つらそうな姿を見せられることを

「必要とされている」

 

と思い込んでいるということなんです。

 

 

そこに本当に愛情があるなら、アナタの自由を心から喜び、アナタの自由をアナタに任せるはずなんです。

 

その今までアナタが信じてきた愛情が、ホンモノではなかったと気がつくこと。

 

それを受け入れて初めて、アナタが自分の目で、自分の世界を見ることができるよになります。

 

信じてきたものが強く、深いほど、現実を見ることはつらく、痛いものにもなります。

 

それはとても悲しく、虚しく、苦しいことです。

 

痛いって、つらいんです。

でも、その痛みの先に自由があります。

 

痛みを超えてもアナタが自由になりたいかどうか。

アナタがアナタを生きたいかどうか。

 

たくさん自分と話してみてくださいね。

 

 

心の傷の回復

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

東日本大地震から、もう10年経つんですね。

あの日、あの時、心が消えてしまうような経験をされた方もおられると思います。

 

震災のように目に見える大きな傷としてではなく、自分の中で心を消してしまうような経験を持ってる方もおられることと思います。

 

自分が消えてしまいたい。。。

そう思ってしまうほどのアナタの心の傷。

 

もちろん起こった出来事や経験そのものを、無かったことにしてしまう事はできません。

 

そんな中、傷ついたアナタが時間と共に回復していくことは嬉しいこと。

 

けれど、

忘れてしまいたいほどの出来事や

痛くてたまらないほどの経験から

いざ自分が回復しようとしたその時に、アナタの中でそんな自分を許せない気持ちが出てくることってありませんか?

 

あの日、あんなに悲しいことがあったのに。

あの時、あんなに心が凍結したのに。

あれから、あんなに時が経っているのに。

 

それなのに、どうして自分はあれから何の変わりもなく過ごしているんだろう。

そんな心の傷を抱える人にとって、時間が経ち、段々と元気を取り戻していく自分すがどうしても許せないことはあります。

 

 

 

今日はそんな、回復していく自分を許せない心理

「心の傷の回復」というテーマで書いていきます。

 

どうしてアナタは

傷ついた自分を、

回復しようとする自分を、

そんなに許せないのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か>

傷から回復していく自分が許せない。

ここにあるのは、愛着、自己肯定感の問題です。

 

時が止まったあの場で、

もう消えてしまえたらよかったのに。

もう、生きることなんて終わればよかったのに。

わたしなんて、死んでしまえばよかったのに。

 

それほどまでに傷ついたアナタの心も、時間と共に癒えていくものは確かにあります。

そんな経験をしたにも関わらず、これまで自分はよく生きてきたと自分を褒めてあげる日もやって来たかもしれません。

 

それでも、あの日。

あんなに

苦しかったのに、

辛かったのに、

悲しかったのに、

虚しかったのに、

惨めだったのに、

悔しかったのに、

怖かったのに、

心が消えたのに、

生きることを選択した自分を許すことができない。

 

 

あの瞬間の自分が、ただ死ぬ勇気がないから生きるという選択をしたずるい人間にしか思えない。

 

あの傷ついた日から、ずっとずっと自分が自分のことを許せていないんです。

自分がこんなに傷ついたのは、自分が悪いからだと心の底では思っているんです。

 

もちろん、段々と頑張って生きてきた自分のことを認めることはできるようになっていきます。

 

 

しかしながら、

根本の根元の部分で、生きることを選択した自分をズルいと感じている。

 

裏切り者のような、卑怯者のような、そんな後ろめたさを抱えている。

 

許せないから、わざわざ

自分を傷つけるように

自分に罰を与えるように

自分が不幸でいるように

生きていってしまうんです。

 

だから苦しいんです。

 

自分なんている意味がない。

自分に生きる価値なんてない。

思いだしたままの自分の存在価値の無さや無力さを、ずっとずっと癒せていないんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

この人生はいつ終わってもいい。

生きていても何も面白いことなんてない。

そう感じながら刹那的に生きることになります。

 

傷ついた自分。

ボロボロの自分。

どうしようもない自分。

 

 

アナタは、

この自分を誰かに見せようとはしていませんか?

見せることで、誰かに振り向いて欲しいと思っていませんか?

 

 

幼少期のアナタは、そんな不運で不幸で不遇な自分を見せることで親からの

関心

お世話

関わり

をもらえていたのではないでしょうか。

 

 

アナタは、自分を自分で

傷つけ

ボロボロにし

どうしようもなくすることで

親や人との繋がりを感じることができるんです。

 

 

そして、このままだと

こんな自分にしたのはアンタのせいだ!と

親のせいにして、親への怒りと恨みで生きていくことになってしまいます。

 

 

<解決へ向けて>

恨んでまでも繋がっていたい愛情。

この切ないほどのアナタの中にある愛情に気がついてあげませんか?

 

傷があることで繋がれるなら、アナタは傷がないと人と繋がれなくなってしまいます。

 

生きていくことが、ずっと傷つくことになってしまいます。

 

 

傷がないと人と関われない。

アナタは、自分の傷を利用しないと生きられないほど、本当のあたたかい、安心した繋がりを求めているんです。

 

 

アナタの傷は、もちろんアナタのせいではありません。

ただ、アナタの傷をこれからどうしていくかはアナタ次第です。

 

自分の生き方に気がついて、その生き方から傷を癒やし、回復するためにアナタができることは何でしょうか?

 

 

自分の傷を

そのまま見つめて、

そのまま感じて、

そのまま受け入れることではないでしょうか。

 

それはとても怖いことです。

今までのアナタは、それをずっとひとりで何とかしないといけなかった。

だから受け止めきれなかったんです。

 

その怖さに震える自分を、アナタはまた放っておきたいですか?

 

アナタが、

自分が自分を助けると決意する。

 

そう決めた時こそ、アナタの傷は回復へと向かいます。

ひとりでできないと感じるなら、周りの助けもぜひ求めてみてくださいね。

人に迷惑なんてかけられない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

幼稚園での片付けの時間に、

「ここはオレにまかせとけ!」と、年少組が持っているおもちゃを片付けてくれる年中さん。

 

おお。。。

カッコええ。。。と思わずホレそうになるのと、

年長組に進級する意識が高まってるではないか!と嬉しさを噛み締めるのとを同時に味わっていたところ、その年少さんから返ってきた返事は、

「いい!じぶんでする!」でした(笑)

 

そう。

年少さんだってもうすぐ進級。

自分の出来ることをやる喜びや、次は自分たちが小さい子のお世話をするんだという意識も、もちろん出てきているんですね。

 

そんな子ども達の成長を感じる中、これが大人だとそうはいかないなあ、なんて思いました。

 

人に何かを頼むぐらいなら自分でする。

それがたとえ自分のキャパオーバー気味のことだったとしても、誰かに助けを求めるなんてしない。

誰かの分は手伝えるけど、自分が手伝ってもらうことはできない。

 

そういう声って、よく聞きますよね。

 

今日はそんな

人に迷惑をかけるくらいなら、自分で何とかしようとする心理、

「人に迷惑なんてかけられない!」

というテーマで書いていきます。

 

 

 

<本当の問題は何か>

これは、愛着自己重要感の問題です。

人に迷惑をかけたくない。

迷惑をかける自分を感じたくないし、そんな自分を許せない。

それはアナタが、

自分は迷惑な存在だと自分に思っているんです。

 

自分の存在は迷惑に違いない、と心の底ではずっと思っているから、新たに人に迷惑をかけるなんてとんでもない。

かけてしまったら

この場に居られる気がしなかったり

自分の価値の無さを感じてしまったり

自分が壊れてしまうような

とてつもない怖さを感じてしまう。。。

 

 

そもそも、迷惑なんてお互い様。

それを助け合うのが人間関係です。

アナタは、誰に対してそんなに迷惑な存在だと思っているのでしょうか?

 

 

そう。

両親に対してですよね。

アナタは両親に対して迷惑にならないように

  • 自分のことは自分でやる
  • 早くから自立する
  • 親を積極的に助ける
  • 人の面倒をよく見る
  • 人のことも引き受ける

そうやって、たくさんたくさん両親の役に立ってきたのではないでしょうか。

 

 

相手の役に立ったり

相手に満足してもらえたら

自分が迷惑な存在ではなく、ここに居てもいい存在なんだと思えるから。。。

 

 

 

<このままだとどうなるか>

自分は人に迷惑をかける存在だからこそ、これ以上人には迷惑をかけられない。

なので、

自分が人からどう見られているのか、

自分が人からここにいることを認めてもらえているのか、

自分は人から必要とされているのか、

ということをずっと気にしながら生きることになります。

 

人生の主人公が自分ではなく他人なんです。

 

けれどそれは、

自分から他人に譲り、

自分から他人のために生き、

自分で自分を投げ出すことで、

自分を生きるということになるんです。

 

 

一定の期間であれば、それは他人から認めてもらうための頑張る力になるかもしれません。

 

けれど、それが人生という長いスパンで見たらどうでしょうか?

 

ずっとずっと自分をどこかに放っておきながら、他の誰かから安心をもらうためにずっと動き続けるアナタを想像してみてください。。。

 

その姿は、生き生きとしていますか?

本当に楽しそうですか?

心から安心していますか?

 

 

アナタは自分の安心やシアワセを、他人からしかもらえない自分人生をどう感じるでしょうか。

 

 

もうすでに、それが苦しい。

それがつらい。

アナタは本当はそう感じているかもしれません。

 

でもそれを認めてしまうと今までの自分や、自分の生きていく場所を失いそうで怖くて」やめられずにいるんですよね。。。

 

 

<解決に向けて>

今までの自分は何だったんだろう。。。

頑張ってきた自分を失うことはとても怖いことです。

 

だってアナタは必死に自分を失くしてまで、迷惑な自分が露見しないように細心の注意を払って人のために尽くして頑張ってきたんです。

 

まずは、その自分をゆっくり労ってあげましょう。

今の自分をやめるの怖いよねって。

頑張りながらも苦しくつらかった自分に目を向けてあげましょう。

 

そうしたら、ずっと苦しいままの自分でこれからも生き続けたいかをアナタがアナタに聞いてあげたらいいんです。

 

自分を迷惑な存在と思うことでアナタはたくさん頑張れてきたし、人からの信頼も得られて、良い人でもいられた。

 

けれどアナタが自分を大切にするということは、自分は迷惑な存在という自分が幼い時に決めた自分のルールから出ることになります。

 

 

怖さがアナタを止めているんです。

 

 

怖くてイヤなら、そのイヤも認めてあげる。

その怖さを自分で見る勇気と覚悟を、アナタが持てるかどうかなんです。

 

 

人のあたたかさを受け入れて生きていくことが、アナタにとっては不快で心地よくないことになっているんです。

 

誰かに変えてもらい、誰かに決めてもらう人生から

アナタが今の自分を選んで変えていく人生へ。

 

アナタがアナタの生き方を選ぶ。

 

そこから問題解決は始まりますよ。

 

自分を変えたい!の思いの底に。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

気がつけば、もう2月も終わろうとしています。

新年に今年の目標を立てたのも、もう遠い記憶。。。

新しい年になると、何だか自分も生まれ変わるような気がして、「こうなりたい!」、「あれをやりたい!」ナドナド自分の中からやりたいことが出てきて、色々と自分を変えようとしてみたものの。。。

はて、どんな目標を立てたんだっけ状態になりやすい時ですよね。

 

 

時がたつと共に、その思いもそれに向けての行動もいつの間にか薄れていってしまう。。。

そしてまた、

「こんなことではいかーーーん!!!」

と自分を一念発起させて、また取り組んでは挫折しての繰り返し。。。

 

 

ええ、わたしも今年こそは整理整頓できるオンナになるんだぜーい!と小分けして色々なものを収納しているつもりが、さあいざ使う時になってどこにあるのか分からないー(泣)というあるあるを経験しております。。。

 

 

自分がより生きやすいように自分を変えたいと思うのと、今の自分がダメだから自分を変えたいと思うのでは、同じ「自分を変えたい!」でも、その結果は大きく変わります。

 

 

アナタも「自分を変えたい!」と思う時ってありますよね?

 

アナタの変えたい!は

自分を生きやすくするためか。

自分の自己否定を隠すためか。

どちらでしょうか?

 

 

今日はそんな自分を変えたい心理、

「自分を変えたい!の思いの底に。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

自分をより生きやすくするために自分を変えたい。

先ほどの整理整頓で言うと、自分が使い勝手がいいように小分けにしたり片付けることで、探し物の時間が無くなったり、そのストレスが無くなったり、物を気持ちよく使えるようになったりする。

そうすることで、自分の生活が楽しくなったり余裕ができたりするので、そういう自分に向けて変わっていきたい。という場合です。

 

自分がダメだという自己否定から自分を変えたい。

これは、結構多いのではないかと思うんです。

片付けができない自分。

自分を管理できない自分。

完璧じゃない自分。

こんな自分を感じたくないから、自分を変えたいんです。

自分を変えて努力すれば。。。という思いです。

 

その。。。に続く思いこそがアナタの底にある本当の思いなんです。

 

 

<本当の問題は何か>

この問題は、アナタの自己重要感の問題なんです。

共依存とも関係しています。

人間は生きている限り、ダメな時もダメじゃない時もあります。

けれど、完璧だったりできる自分じゃないと目の前の相手から

攻撃される

否定される

無視される

拒絶される

そんな感覚があるんです。

 

 

だから、本音は

「相手を変えたい」んです。

自分を変えることで相手からの対応や反応を変えようとしているんです。

自分を変えることで、相手から

認めてもらいたい。

ここに置いてもらいたい。

見てもらいたい。

愛してもらいたい。

安心させてもらいたい。

そんな本音があるんです。

 

自分が頑張って変えようとしても相手が変わらない。

それなら、

自分が先に変われば相手が変わってくれるのではないかと思っているんですね。

 

そして、その心にはどれだけ頑張っても相手を変えることができない自分に、変わらない現実に絶望しているんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

頑張っても頑張っても報われない。

その思いは怒りへと変わり、より強く相手を変えることに必死になっていきます。

もう考えない

もう諦めた

もうこちらが折れてあげた

と自分を納得させようとしながらも、ずっと満たされない気持ちはアナタの中で燻り続けるんです。

 

 

だから諦めきれないんです。

アナタは親を諦めきれずに今度は

イヤでも受け入れること

親を嫌いだと思うこと

自分が悪いんだと思うこと

そうやって自分自身を持たずに、自分が悪いと思うことで自分が傷つかないように守っていきます。

 

続ければ続けるほど、自分という存在がなくなり、自分が分からなくなり、自分が苦しくなっていくんです。

 

 

<解決に向けて>

相手を変えたい。

その本音は、隠すものでも、否定するものでもないんです。

それほどまでに、親を求めていた自分に気がつくことです。

 

あぁ、わたしは相手を変えたいと思ってるんだなぁ。

お母さんが変わってくれたらいい関係を築けるのに。

お父さんが変わってくれたらラクに関われるのに。

そのアナタの本音を消してしまわないでくださいね。

 

自分をダメにして、

自分を無くして、

自分を否定して、

そうしてまでアナタは親を変えたかったんです。

 

その自分を感じてあげましょう。

 

たくさん感じた後に、アナタは気がつくはずです。

わたしの欲しい愛情はこれじゃなかった、と。

 

 

その時にアナタが自分を助けてあげたいかどうかなんです。

アナタが自分で自分を救いたいかどうか

なんです。

 

アナタのその決意は、自分を変えることで親を変えることから、自分のために自分を変わることへと繋がっていきますよ。

 

アナタの心が傷つくのは。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

先日、Twitterでこんな言葉を目にしました。

 

傷つくのは、心が優しすぎるからです。

傷つくのは、アナタが優しい人だからです。

 

確かに一理あるのかもしれませんが、そう思うことだけで傷ついた心が癒されるかというとそれは違うなあと思いました。

 

だからといって、傷つくのはアナタの心が弱いわけでもありません。

 

ではなぜ、アナタの心は傷つくのか?

 

それは、

アナタが傷つくのが怖いからなんです。

 

傷つくことを恐れているから傷ついてしまうんです。

 

今日はこの

心が傷つきやすい人の心理、

「アナタの心が傷つくのは。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

 

自分は傷つきやすいな、と感じることってあると思います。

 

そんな時、

「弱いな、自分。」とか

「気にしすぎなのかなあ。」とか

「どうしたら傷つかないでいいんだろう。。。」と

自分を責めたり、傷つかないでいい方法を探したりしませんか?

 

 

だから、最初から傷つかないでいいように振る舞っていれば、傷つかなくていいんだって思っていきますよね。

 

そもそもどうしてアナタが傷つきやすいのかというと、そうやって必死に傷つくことを避けるからなんです、これが!!!

 

<本当の問題は何か?>

ここにあるのは、自己重要感の問題です。

 

傷つくことが怖い。だから傷つきたくない。

 

そう思えば思うほど、自分は何かあったら傷つくはずだとその自分を認めてしまっているんです。

 

アナタは、傷ついてしまったら自分にはその傷を受け止めるチカラがないのだと思っていないでしょうか。

 

傷ついてしまうと、

立ち直れず、

誰にも助けてもらえない、

ひとりぼっちの自分を感じてしまうのが怖いんです。

 

自分は、

傷ついたら傷つきっぱなし。

傷ついても放置されて誰からも助けてもらえない。

価値のない人間なんだ。

 

 

アナタが自分に対してそう思っていることが問題なんです。

 

 

自分の価値をアナタが自分で信じていたら、傷つく経験があっても

受け止め、

助けを求め、

よくなかった部分は改善し、

傷を引きづり続けることはなく、次へと進めると思います。

 

けれどそれができないのは、傷ついたらもう自分は終わりなんだとアナタが信じているからなんです。

 

 

そしてその自分を信じていれば、1番避けたい傷つく経験を避けられるし、傷ついてしまったみじめな自分を感じなくていいんです。

 

 

<このままだとどうなるか?>

アナタが自分に

傷ついたら大変なことになる!

傷つくことを避けるんだ!

と言い続けると、当然何もかもが怖くなります。

 

 

アナタは

傷つかないように考え、

傷つかないように発言し、

傷つかないように行動しないといけなくなります。

 

 

自分の価値のなさや、みじめさを感じないでいいように自分自身が感じている本音や素直な反応も抑えないといけません。

 

傷つくことを避ければ避けるほど、自分を受け止めるチカラや自分の価値を消していってしまいます。

 

そうするとアナタは、自分も周りの人も信じられず、ひとりぼっちで、結局自分は何をやってもダメなんだ。。。を握りしめることになります。

 

 

<解決に向けて>

もう傷つきたくない。

あんな思いはしたくない。

それほど傷ついた過去や経験があったから、アナタは傷つくことを恐れるようになったのかもしれません。

 

 

その時には、そうすることでしか自分を守れなかったのかもしれません。

 

 

けれど、そうやって自分のした経験や、そのまま感じた感情を感じないようにして生きてきたからアナタは傷ついたままなんです。

 

アナタはどんな経験をしても何も感じずにスルーしてこんなの大したことじゃないと自分に言い聞かせてきたからつらいんです。

 

 

傷ついた自分を、優しいからだと解釈して、特別扱いをして慰めてもラクになるのは一瞬だから苦しいんです。

 

 

傷ついても大丈夫という感覚は、自分に対する信頼感です。

 

傷つくことを避けて逃げることよりも、どのような時でもアナタがアナタのチカラを信じていることが大切なんです。

 

 

自分への信頼感を取り戻していくことで、傷つきやすい自分から傷を受け止められる自分へと向かっていきますよ。

 

 

 

 

 

理想の自分を崩したくない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

最近、

自己重要感は大事だ。

ありのままの自分を愛そう。

そのままのアナタでいい。

という言葉、よく耳にしますよね。

 

 

では突然ですが、

アナタは自分のことを愛していますか?

そう聞かれた時に、アナタはどう答えますか?

 

素直に愛していると答えられる、それはとても素晴らしいことですよね。

 

しかし、その「愛している自分」とはどんな自分でしょうか?

 

 

そこに、

ポジティブな

素敵な

輝いている

そんな自分しか想像できなかったとしたら、アナタが愛している自分は、

理想の自分なのかもしれません。

 

 

 

今日はそんな、理想の自分でいようとする心理、

「理想の自分を壊したくない!」というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

ここに潜んでいるのは自己重要感、愛着、自己愛の問題です。

自己愛とは、自分を愛し、信じ、感じながら生きることです。

 

この自己愛が傷つくと、自分そのものを愛せず、信じられず、誤魔化しながら生きることになります。

 

自分のありのままを愛することができない。

だから理想の自分をいつも頭で想像し、その理想的な自分でいようとします。

 

 

本来、人間は

いいところもよくないところも、

長所も欠点も、

得意も不得意も、

どちらもあるものです。

 

けれど自己愛が傷つくと、人よりも劣っている部分が自分に存在するのが許せず、自分には優れている部分しか存在しないのだという幻想を抱くことになります。

 

 

なので、できない自分を隠したり、周りにバレないようにウソをついたり、人からよく見られようと努力して理想の自分になろうとします。

 

 

この自分の理想化の問題は、アナタが自分を愛することができなくて起こっています。

 

アナタは自分自身を感じてその感覚や感情を感じるよりも、親や、親の理想とする自分を感じ取ってきたんです。

 

 

親を感じ取ることで親を信じ、親の理想とする自分を感じ取ることで理想の自分を演じ、親から受け入れてもらってきたんです。

 

 

そうしないと、アナタが一番欲しかった親からの愛情がもらえなかったんです。

 

 

だから、

親の役に立てなかったり

失敗したり

間違ったり

期待に応えられない

そんな自分のダメなところは必死に隠さないといけなかったんです。

 

アナタは、理想の自分が壊れてしまうのがそれほど怖いんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

理想の自分だけをずっと見て、演じ続けていくことはとても苦しいことです。

いつメッキが剥がれてしまうかと怯え、周りを常に警戒しながら自分に鞭を打ち続けているようなものです。

 

 

アナタが自分の弱さを自分で直視できないということは、自分のよわさも、他人の弱さも受け入れられません。

 

常に誰からも愛されるために、自分で自分の価値を作り出さないといけないんです。

 

そのために、周りの人を

否定したり

拒否したり

思い通りにしようとすることで

自分の価値を見出そうとするようになります。

 

 

そうするとどうでしょうか?

 

 

この状態が続くとアナタの周りから段々と人が離れていきます。

 

アナタは孤独に自分の

価値の無さや

空っぽさや

虚しさを

ずっと否定して逃げながら、

自分の価値を保つために

理想の自分を崩さないために

人と関わっては否定し、拒絶されることを繰り返していくことになります。

 

 

<解決に向けて>

アナタがありのままの自分を愛せないのは、アナタに価値がないからではないんです。

 

アナタの空っぽさや虚しさ、価値の無さの多くが親との間に感じた感情です。

親からもらった感情なんです。

 

 

親自身が子どもであるアナタを見ていると、投影で自分の価値の無さを感じてしまったんんです。

 

 

だから、理想の子育てをすることや、子どもを自分の理想通りに育てることで、自分の空っぽさや虚しさ、価値の無さを埋めたかったんです。

 

 

それは、

理想の自分でないと居られない世界。

人からの評価がないと生きていられない世界。

 

 

アナタはその世界の中にまだずっと居たいでしょうか?

 

 

自分の人との関わり方に本当に危機感を持った時、アナタは今まで居続けた世界から出ることができます。

 

 

アナタは今までの理想の世界で、誰を思い通りにしたかったんでしょうか?

思い通りにできなかった怒りや恨みを、今のアナタの身近な周りの人にぶつけてはいないでしょうか?

 

 

アナタがそこから出ることを決めた時、この問題は解決へと向かいますよ。