理想の自分を崩したくない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

最近、

自己重要感は大事だ。

ありのままの自分を愛そう。

そのままのアナタでいい。

という言葉、よく耳にしますよね。

 

 

では突然ですが、

アナタは自分のことを愛していますか?

そう聞かれた時に、アナタはどう答えますか?

 

素直に愛していると答えられる、それはとても素晴らしいことですよね。

 

しかし、その「愛している自分」とはどんな自分でしょうか?

 

 

そこに、

ポジティブな

素敵な

輝いている

そんな自分しか想像できなかったとしたら、アナタが愛している自分は、

理想の自分なのかもしれません。

 

 

 

今日はそんな、理想の自分でいようとする心理、

「理想の自分を壊したくない!」というテーマで書いていきます。

 

 

<本当の問題は何か>

ここに潜んでいるのは自己重要感、愛着、自己愛の問題です。

自己愛とは、自分を愛し、信じ、感じながら生きることです。

 

この自己愛が傷つくと、自分そのものを愛せず、信じられず、誤魔化しながら生きることになります。

 

自分のありのままを愛することができない。

だから理想の自分をいつも頭で想像し、その理想的な自分でいようとします。

 

 

本来、人間は

いいところもよくないところも、

長所も欠点も、

得意も不得意も、

どちらもあるものです。

 

けれど自己愛が傷つくと、人よりも劣っている部分が自分に存在するのが許せず、自分には優れている部分しか存在しないのだという幻想を抱くことになります。

 

 

なので、できない自分を隠したり、周りにバレないようにウソをついたり、人からよく見られようと努力して理想の自分になろうとします。

 

 

この自分の理想化の問題は、アナタが自分を愛することができなくて起こっています。

 

アナタは自分自身を感じてその感覚や感情を感じるよりも、親や、親の理想とする自分を感じ取ってきたんです。

 

 

親を感じ取ることで親を信じ、親の理想とする自分を感じ取ることで理想の自分を演じ、親から受け入れてもらってきたんです。

 

 

そうしないと、アナタが一番欲しかった親からの愛情がもらえなかったんです。

 

 

だから、

親の役に立てなかったり

失敗したり

間違ったり

期待に応えられない

そんな自分のダメなところは必死に隠さないといけなかったんです。

 

アナタは、理想の自分が壊れてしまうのがそれほど怖いんです。

 

 

<このままだとどうなるか>

理想の自分だけをずっと見て、演じ続けていくことはとても苦しいことです。

いつメッキが剥がれてしまうかと怯え、周りを常に警戒しながら自分に鞭を打ち続けているようなものです。

 

 

アナタが自分の弱さを自分で直視できないということは、自分のよわさも、他人の弱さも受け入れられません。

 

常に誰からも愛されるために、自分で自分の価値を作り出さないといけないんです。

 

そのために、周りの人を

否定したり

拒否したり

思い通りにしようとすることで

自分の価値を見出そうとするようになります。

 

 

そうするとどうでしょうか?

 

 

この状態が続くとアナタの周りから段々と人が離れていきます。

 

アナタは孤独に自分の

価値の無さや

空っぽさや

虚しさを

ずっと否定して逃げながら、

自分の価値を保つために

理想の自分を崩さないために

人と関わっては否定し、拒絶されることを繰り返していくことになります。

 

 

<解決に向けて>

アナタがありのままの自分を愛せないのは、アナタに価値がないからではないんです。

 

アナタの空っぽさや虚しさ、価値の無さの多くが親との間に感じた感情です。

親からもらった感情なんです。

 

 

親自身が子どもであるアナタを見ていると、投影で自分の価値の無さを感じてしまったんんです。

 

 

だから、理想の子育てをすることや、子どもを自分の理想通りに育てることで、自分の空っぽさや虚しさ、価値の無さを埋めたかったんです。

 

 

それは、

理想の自分でないと居られない世界。

人からの評価がないと生きていられない世界。

 

 

アナタはその世界の中にまだずっと居たいでしょうか?

 

 

自分の人との関わり方に本当に危機感を持った時、アナタは今まで居続けた世界から出ることができます。

 

 

アナタは今までの理想の世界で、誰を思い通りにしたかったんでしょうか?

思い通りにできなかった怒りや恨みを、今のアナタの身近な周りの人にぶつけてはいないでしょうか?

 

 

アナタがそこから出ることを決めた時、この問題は解決へと向かいますよ。

周りが見えない。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

先日、乗りたい電車に間に合わない!と大急ぎで駅まで全力疾走した際に、財布とケータイを落としました。。。

落としたことに大慌て!!!なんですが、電車の時間も間に合わない!!!とバグってしまい、そのまま財布とケータイを落としたことを消そうとしたんですね。。。

 

緊急事態ではなくても、このように慌てて焦って周りが見えなくなることってありますよね。

 

 

間に合わないと慌てる。

時間に遅れると焦る。

ひたすら走って急ぐ。

 

急いでいる時ほど自分を焦らせて、

焦って動くことで不安をかき消そうとするんです。

 

 

その時って、自分の判断能力、言うなら思考そのものがストップしてしまっています。

 

だから自分の周りで何が起きているのか、全く見えません。

 

それはそうですよね。

自分に何が起きているのか分からない状態で、自分の周りがどうなっているのかなんて見えませんから。

 

だけど、それは

自分がパニック気味でバグってしまい、心中は不安だらけの状態にも関わらず

周りからは、

自己中心的

空気が読めない

人を利用している

と捉えられてしまうかもしれません。

 

あなたはすごく困っているのに、周りから助けてもらうどころか、避けられてしまうなんてイヤですよね???

 

今日はそんな

自分の心とは裏腹に、やることが裏目になってしまう心理

「周りが見えない。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

例えば、

時間に遅れる。

約束を果たせない。

自分のミスで迷惑をかける。

そんな風に、自分のよくない部分が露呈してしまうと慌てる状況が起こった時。

 

何か慌てることをキッカケに、自分のダメさがバレてしまうという図式が自分の中に出来上がって、何とか自分のダメさがバレてしまわないように間に合わせようと自分を急かすんですね。

 

 

自分のダメさがバレてしまわないように。。。

バレないために、とにかく動き回ることでその場の怖さから逃れようとして、自分の本当に必要なものが分からなくなってしまうんです。

 

動き回ることで、

失敗をした

迷惑をかける

ダメな自分

という現実から逃れようとするんです。

 

 

事実を受け入れられない時、思考回路を止めることで自分を守ろうとするんです。

 

周りの状況も、自分の状態も一瞬で分からなくしてしまうんですね。

 

 

<本当の問題は何か>

ここにあるのは、愛着の問題です。

 

わたし達は、

ひとつのことしか考えられていない時、

何かに自分が囚われている時、

自分が何かを決めつけている時、

自分の視野というのは、ものすごく狭くなっています。

まさに、周りが見えない状態とはこれです。

 

 

自分の意見や考えに拘らず、周りをもっと見たらいいじゃないの???

そう思いますよね???

 

では想像してみてください。

周りの人達の様々な思いや意見や行動。

その全てを受け入れる自分を。。。

 

 

どうですか???

嬉しいですか???

そう。

できませんよね。

全ての周りの人の思いや意見や行動を、全て受け入れることなんてできないんです。

 

できないことなのに、それをやらなければいけないと思っていることこそが問題なんです。

 

この思いの根っこにあるのは、

「全ての人に愛されたい!!!」という感情です。

 

失敗したり

迷惑をかけたり

ダメな自分を見られたら

自分は愛されなくなってしまう、という恐怖があるんです。

 

 

愛されない自分は生きられない。

愛してもらわないと自分には生きるチカラはない。

この、子どもの頃に信じ込んでしまった信念を、大人になった今でもしっかり握りしめているんです。

 

全ての人に愛されるというのは、全ての人の基準で生きていくということです。

 

いつも相手が基準になります。

 

自分が何を感じ、どう考え、どう行動するかよりも、相手からどう思われるのかということに自分が集中してしまいます。

 

相手の基準と言いながら、その相手の基準も確かめていないので、結果、自分が思う相手の基準を決めつけて、その枠に当てはめていくんです。

 

自分は愛されたくて、必死に相手の基準に合わせているつもりでも、相手を自分の枠に当てはめようとしているだけなんです。

 

自分から見た相手の基準。

そこだけに一点集中しているんです。

 

だから、

本当の周り

本当の目の前の相手

のことなんて見ていないんです。

 

本当の自分さえ、分かりません。

 

見てしまうと、事実は残酷だと思っているから、いつまでも視野を狭めて、自分の枠の相手の基準だけを集中して見ているんです。

 

そうすると自分は傷つかないでいられるから。

これほどいい事はありません。

 

周りを見ずに、自分の枠の中の相手を見ていれば自分が傷つかずに安全でいられる。

 

大きな安心です。

でも、その安心は偽りなんです。

 

<このまま続くとどうなるか>

全ての人から愛されたくて、人から嫌われないように自分の全神経を集中する。

 

嫌われてないか、愛してくれているか、自分の行動は不快でないか、相手に確かめたいけど、確かめてしまって自分の願っている現実を知るのはつらい。

 

相手や周りに合わせているのに、なぜかいつも人間関係関係でモメてしまう。

 

こんなに相手や周りのことしか考えてないのに、自分勝手だと言われてしまう。

 

それが続くとどうなるでしょうか???

 

自分の周りから人が居なくなり、あなた自身も人と関わっていこうという気持ちがなくなっていきますよね。

 

そして、孤独になっていきます。

 

ひとりは寂しいと感じながらも、人と関わることは面倒くさい。

 

物理的にも、心理的にも、ひとりぼっちを感じていくようになるんです。

 

全ての人から愛されたい。

それは、全ての周りの人の基準で生きていくということなんです。

 

<解決に向けて>

ちなみに、財布とケータイですが。

駅から来た道を戻って、

「おそらく、この辺のはず。。。」

と探し回るものの、財布とケータイは見つからず。

血の気も引きながら、もう仕方がないな、と覚悟を決めた時、道の端にわたしのケータイケースを見つけたんです。

ケータイと財布を、わざわざ優しい誰かが一緒に寄せてくれていました。

 

ケータイケースをわざわざ上に置いて、見えやすいように置いててくれたんだと思います。

 

焦って慌てて、遅刻した自分への罪悪感や、出来なかった自分への嫌悪感、これからどうしようという不安に向いている時は全く目に入らなかったんです。

 

一つのことしか考えていない時は、視野も狭くなるんですね。

 

 

周りから愛してもらわなければ、自分は生きていけない。

 

この思いに囚われ、その考えだけに一点集中していたら、当然ながら視野も狭く狭く偏っていきます。

 

自分の中で作り上げた都合の良い相手の基準でしか物事が見れなくなってしまいます。

 

自分は生きていていいんだろうか。

その不安を周りの人に埋めてほしいから。

 

 

その不安は、誰かに埋めてもらうのもではないんです。

あなたがあなたに「ここに居ていいよ。」をあげない限り、自分の中に安心感は育たないんです。

 

周りを見えなくして、自分の枠の相手を見る。

自分の枠の相手の判断基準で生きていこうとする。

そうすることで、愛されようとする。

 

これって、現実的にできそうでしょうか???

 

それよりも、

自分の愛されていない恐怖に怖くても向き合い、自分が自分の基準で生きていく。

あなたがあなたで生きることへの許可を、自分で出せるようになる方が人生は断然生きやすくなります。

 

 

怖さや不安を自分のものとして自分が向き合うかどうかで、この問題は解決へと向かいますよ。

 

 

 

 

<11月個人セッション>

 

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変わりたい! 〜こんな自分がイヤ!〜

福岡心理セラピストリトリーブサイコセラピー)の前田ひとみです。

 

ああ。。。

変わりたい。。。

そんな風に思う時ってありますよね。

 

上手くいかなかったり、

間違えたり、

想いが届かなかったり、

誤解されたり、

イヤなことをやったり、

自分のズルさをみたり、

理解されなかったり、

怒られたり、

失敗したり、

恥をかいたり。。。

 

そんな自分に出会うたびに、

「もう、こんな自分はイヤだ。。。変わりたい!」

と感じる人は多いと思います。

 

今までの自分のやり方にホトホト困ってしまって、もう自分が変わるしかないんだ!と一念発起。

 

そうやって自分を変えてきたという人も、当然多いのではないでしょうか。

 

 

自分の一部を変えたいという自分を変えたい。

自分の全部を変えたいという自分を変えたい。

 

これは自分を変えたいと感じる動機が大きく違っているんです。

 

自分のやり方という自分の一部として捉えられているならば、次へと繋がる改善の余地ということになるんですが、これが自分自身という自分の全てとなるとまた話は別なんです。

 

 

今日はそんな自分を変えたい心理、

「変わりたい。〜こんな自分はイヤ!〜」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

先ほども言いましたが、一言で自分を変えたいと言っても動機は同じではないんです。

 

自分の一部を変えようと思う時、何のために自分を変えたいと思っているのかが自分の中ではっきりしていますよね。

 

そこを変えたくても変えられないと思う時、自分に問題意識も芽生えます。

 

起こった問題を自分の事として捉えることができたなら、問題解決への道も近まります。

 

でも、自分の全部を変えたい時は一体どうすればいいんでしょうか???

 

 

 

<本当の問題は何か?>

 

この、自分の全てを変えたい時に起こっているのは愛着の問題です。

 

自己否定や劣等感、自己肯定感の薄さです。

 

自分なんてダメだ。。。

自分はどうしようもない人間なんだ。。。

こんな自分はイヤだ。。。

自分の全部を変えたくなるのは、今までに自分に対してこのような思いをたくさん経験してきたからかもしれません。

 

みじめで、

悔しくて、

腹ただしくて、

無力で、

情けない、

そんな自分をたくさん感じてきたのだと思います。

 

 

そして、そこにはこうありたい自分の像があるんです。

 

いつも実現できない理想像でもあります。

 

いつも届かないから、自分を否定したり拒絶したりするんです。

 

いつも実現できず、いつも届かない

 

ならばその理想を変えたらいいのに、自分をとことん否定して、何とか理想の自分に近づこうとするのはなぜでしょうか???

 

自分のための理想ではないからです。

誰かのための理想だからなんです。

 

そう、多くは親のための理想の自分なんですね。

 

 

親の願いや期待を背負い、親の役に立ちながら迷惑をかけないように生きてきているんです。

 

 

親のために生きてきたんです。

親のために自分を否定しているんです。

 

自分を否定していれば、親の期待に添えるように自分を変えようと努力することができるんです。

 

この感覚で生きていると、ずっとずっと

相手のために

誰かのために

自分を変えようと努力することになります。

 

 

<このままだとどうなるか?>

 

動機が相手のために自分を変えることなので、自分を変えることで相手からの見返りも期待しています。

 

ここに居てもいい

愛してもらえる

生活が保証される

いい関係が築ける

関わりをもらえる

繋がっていられる

 

そんな安心の感覚を、自分を否定することでもらおうとしているんです。

 

 

自分を否定していれば安全。

自分を否定して自分のことを変えようと頑張れば、誰かが認めてくれたり、関わってくれたりするんです。

 

これだと自分をイヤだと否定することをやめられずに、相手のために自分を変えようとするばかりになってしまいます。

 

変わりたい!と自分をどんどん否定しながら消していって、そうすることで誰かに安心をもらうために生きる人生になっていくんです。

 

安心をもらうためには、自分のダメなところを永遠に探し続けないといけなくなってしまいます。

 

 

<解決に向けて>

 

変わりたい!と自分がそう思った時、どうして自分が変わりたいのかはとても大切なんです。

 

それがダメな自分を変えたい!という思いからきているのであれば、

なぜあなたがダメな自分を変えないといけないのか?

なぜあなたが今の自分を否定しないといけないのか?

自分に聞いてみましょう。

 

 

ダメな自分を変えようとすることで、イヤだったけれどたくさんの安全を得てきた自分。

 

自分を否定することで、苦しくても安心を人からもらっていた自分。

 

 

その自分をしっかりと感じてみて、これからの自分はどう生きていきたいのかを自分に、何回でも何度でも問うてみたらいいと思います。

 

イヤだけど、今までそうすることで自分が得てきたものの大きさ。

 

これをどうしたいかを自分が決めることで、この問題は解決へと向かっていきますよ。

 

 

 

 

 

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自分から求めるということ。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

先週の連休で、リトリーブサイコセラピーのセラピスト合宿に参加させてもらってきました。

 

通称、鬼ヶ島合宿と呼ばれるネーミングだけでも覚悟が必須なことが伝わってくる合宿です。

 

人の心とは不思議なもので、自分のその時の心理状態によって目の前に見える現実がそれぞれ違ったものに見えるんですね。

 

目の前の講師がおっそろしい鬼に見える。。。

見たくない現実や、作り出す恐怖に、自分がまさに荒んだ鬼ヶ島にいるような感覚になる。。。

なんてことはなかった。。。こともなかったですが、本当に濃い4日間でした。

 

もちろん、ここでは心理セラピストとしての在り方や技術的なことも学ぶんです。

 

自分がどのような目標を立てて、達成するためにどうするのかをやり抜く4日間。

 

でもね。。。もう、ほぼほぼメンタルです。

theメンタルです。。。

あはは。。。は。。は。。。はは。。。は。。。。。ははは。。。

 

 

 

何度も何度も「やるぞ!!!」と「怖い!!!」を繰り返す4日間。

 

「ぬりゃ!!!」と「へにょ。。。」との葛藤の4日間。

 

自分から欲しいものを掴みに行く4日間。

 

本当に深くて濃くて大きな学びの4日間でした。

 

今回はそんな自分の体験から感じたこと、

「自分から求めるということ。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

あなたもこんなことってないですか???

 

やると決めたはずなのに、すぐにその決意を引っ込めてしまう。。。

欲しくてたまらないのに、諦めてしまう。。。

そもそも欲しいなんて言えない。。。

今の現実で何となく満足だからこれ以上求めない。。。

もらえるならもらうけど、自分からは欲しがったりしない。。。

 

 

ありますよねー。。。

自分から言わない。

自分からは動かない。

変わらないことが大事で、欲しいなんて自分から求めない。

 

 

求めないことで

傷つかないように

安全でいられるように

絶望しないように

自分のことを守っているんです。

 

 

求めないことでそうやって様々な怖いことやリスクから守っていて、何に困ると思いますか???

 

それは

欲しいものが手に入らない。

本当に望んでいるものが叶わない。

ということが起こることです。

 

 

当然と言えば当然です。

自分から

欲しいものを求めず

欲しいと言わず

今ある与えられたもので満足させようと思っていたら、それは自分の望むものは手に入ることはありません。

 

それで自分が何も問題を感じずに、幸せならばそれでいいと思うんです。

 

でも、もしも

欲しい気持ちを諦めて

傷つくことを避けて

今あるもので納得させようと

あなたが無理をしているなら、

それは自分を無にしようとしていることと同じです。

 

 

自分で自分を消そうとしているんです。

 

 

消さないと、

抑えてしまわないと、

潰してしまわないと、

自分の欲求を感じてしまうから。。。

 

 

欲求を感じたら、

自分らしく

自分の人生を

叶わない可能性の責任も含めて

これからは自分を生きていくということを体験することになってしまうんです。

 

 

それが恐ろしくてたまらないなら、それはもう自分で自分を止めるしかありません。

 

色々な

怖さ

悲しみ

苦しみ

痛み

を使いながら。。。

 

 

そう、だから求めないって実はラクなんです。

 

 

わたしはどうせ叶わない。

求めたら傷つく。

誰も助けてなんてくれない。

自分にこう言い聞かせながら、自分をどんどん諦めていきます。

 

 

わたしもこの合宿で、ブチ当たりました。

何と言ってもメンタル合宿です。

勢いと根性だけでは超えられません。

 

 

わたしには叶える力なんてない。

求めることは絶対に絶望すること。

絶望したら誰も助けてなんてくれない。

 

自分が自分に対してこう思っているなんて、受け入れるのも正直イヤですよね。

 

だから、

傷つきたくなくて

そんな自分を見たくなくて

今居るところにずっと止まっているんです。

 

これ、どうやったら解決すると思いますか???

 

わたしの場合の解決策は

でした。

仲間でした。

繋がりでした。

ひとりじゃない!!!ってことでした。

 

 

つらかったり

苦しかったり

痛かったり

その過去はキレイさっぱり消し去ることはできません。

 

 

それでも、超えていくことはできます。

自分への素直な気持ちを育てていくことはできます。

 

だって

本当は欲しかったんです。

本当は求めたかったんです。

本当は守ってもらいたかったんです。

 

あなたも本当はそうではなかったですか???

 

 

欲しかったのは、

お父さんとお母さん。

 

求めていたのは、

お父さんとお母さん。

 

動いて飛びつきに行きたかったのは、

お父さんとお母さん。

 

自分の手でしっかりと掴みたかったのは、

お父さんとお母さん。

 

握りしめて守り返して欲しかったのは、

お父さんとお母さん。

 

 

ガマンして出てこないように抑えてきたのは、

お父さんとお母さんへのその大切な自分の想い。

 

 

あなたが今、欲しいものは何ですか???

それは自分から求めていますか???

 

 

自分から必死に求めて

自分から動き始めて

自分から掴みに行って

そこまでして欲しいと思った気持ちは、

みじめでも

悲しいものでも

恥ずかしいものでも

ありません。

 

 

わたしも、久しぶりに思い出しました。

この、

求めると失う。

求めてしまうと何も無くなってしまう。

求めることは絶望すること。

という痛い感覚を。

 

 

薄まったり、和らいだり、癒されたと思っていても、ふと思い出すことは誰にでもある当たり前のことです。

 

それが生きているってことだから。

 

 

それでも、その痛みが強く深いと、もう2度と味わうことのないように

感じたり

経験したり

怖かったり

することを避けようとするんです。

 

 

だけどその時、自分が

自分に何をしてあげられるのか。

自分は何を求めているのか。

どう助けてもらいたいのか。

それは毎回思い出す度に更新していけます。

 

だからこそ

自分を生き、

自分で考え、

自分を愛し、

自分を感じ、

自分を信じ、

その日々を自分と共に積み重ねていくしかないのだと思います。

 

 

今あなたが人生で行き詰まり、助けを求めているのなら

自分から求めることが何より大切です。

 

その勇気と覚悟は、きっとあなたが自分を救うことへと繋がりますよ。

 

 

 

 

 

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自分のペースが分からない。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

「自分のペースを大事にしたい。」

「自分のペースで進んで行きたい。」

誰かと話しながらや、誰かの話題でこの言葉を聞くことってありませんか???

あなたは、自分のペースとはどんなペースだと思いますか???

尚且つ、自分が心地よいペースとは何だと思いますか???

 

自分が何を重視しながら物事に取り組んでいるのか。。。

スピードなのか。

正確さなのか。

広く浅くか。

狭く深くか。

テキパキか。

丁寧か。

挙げればキリがないですが、どのペースがあなたにとって心地よいペースになるでしょうか。

 

人にはそれぞれ、自分の力を存分に出せるペースがあります。

 

だけど、自分のペースがそもそも分からない。。。

自分のペースだと思って進んでいるのに、何だかしんどい。。。

どんなペースが自分に合っているのか、どのペースが心地よいのかが分からない。。。

そんな自分のペース迷子のアナタや自分のペースにこだわりまくるアナタへのブログです。

 

 

今日はそんな自分のペースについての心理、

「自分のペースが分からない。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

仕事や勉強を進めていく上で、スピードや要領、重点などに気を配ることが多いのではないかと思います。

 

そして、それを求められていると感じることもありますよね。

 

スピードを速く、要領よく、重点を絞って取り組む。

 

それを目標にする時というのは、自分の感覚や感情を一旦脇に避け、後回しにもします。

 

1回1回自分の感じていることを確認しながらでは、スピードや要領を重視することが難しいからです。

 

自分のペースが分からない時というのは、自分の感情を後回しにして、やらなければいけないと思っているペース、誰かに認められるペースで進めている時なんです。

 

では、自分のチカラが最大限に出せる時というのは、一体どういう時なのでしょうか?

 

 

<本当の問題は何か?>

 

この自分のペースが分からない状況で起こっているのが愛着の問題です。

 

自分のペースで歩けないのは、そこに安心感がないからです。

 

安心感が分からないんです。

 

ではここでいう安心感とは何でしょうか?

 

それは、

自分はこの世界に

対応できる

適応できる

順応できる

という感覚です。

 

ペースが速いことがよいことだと思って頑張り続ける。

でも段々と辛くなり、充電切れのように何もできなくなる。

今度は、ゆっくりすることが自分のペースだと思い、止まってみても落ち着かずにまた頑張ろうと速いペースへと戻っていく。

 

なのでどれが自分のペースなのか分からないまま、全力で動くか、止まって何もしない、ということの繰り返しをしてしまう。

 

自分は、この世界に対応できていない。。。

 

そう感じるのが怖くて、自分の感覚というものを信じられなくなってしまっているんです。

 

安心してこの世界にいることができない。

頑張らないとこの世界に順応できない。

自分のペースが分からないのは、安心してそこに居られないからなんです。

 

 

<このままだとどうなるか?> 

自分の感覚を信じられないということは、自分の感覚を感じることもできないんです。

 

適応できない自分を感じたくないので、自分を感じなくていいように分からなくさせていくんです。

 

自分を感じることを止めてしまいます。

 

なので、自分の心地よいペースが分からなくなっていくのは当然なんです。

 

自分の心地よいペースを分からなくして、その代わりに人から見て頑張っているように見えるペースや、人から認めてもらえるペースに合わせて進むようになっていきます。

 

安心感が分からないと、他人軸になっていくんです。

安心は人からもらい、与えてもらうものだと思い込んでいくんです。

 

なので、全てのことを自分で選ぼうとしなくなってしまうんです。

 

 

<解決に向けて>

 

自分は世界に対応できない。。。

この感覚はとても怖いものです。

 

どこにいても適応できない自分。。。

そんな自分は感じたくないものです。

 

だから感じないように、順応できない自分がバレないように、人から見て溶け込めているペースを探し続けてしまう。

 

この人から見たペースがイヤだと思うなら、自分が心地よいペースへと戻していけばいいですよね。

 

そのためには、

安心をもらえてない自分

求めていたことをしてもらえなかった自分

本当は繋がりたかった自分

安心を求めているのに、安心することが本当は怖い自分

不安から行動している自分

その今まで消してきた自分の感覚を感じることから始めたらいいと思います。

 

 

自分のペースで生きていくことを消してまで、人のペースで生きてきたんです。

でも、そうすることで自分が守ってきたものは何でしょうか???

 

そこを自分に聞いていくことで、問題の根本が見えてきますよ。

 

 

 

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願わざれども命は咲き、願えども命は散る

アサイド

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

暑い中のお盆ですね。

 

例年は、お寺に行きお経を上げてもらいお参りをする、ということが多かったのですが、今年はコロナもありお寺ではお経も上がらないようで説法もナシでお参りだけの予定です。

 

そんなお寺の説法好きのわたしですが、数年前だったでしょうか。

お盆に聞いた説法で心に残っているのが、

「願わざれども花は咲き、願えども花は散る」という話でした。

 

 

読んで時の如く、世の中の無情を花に例えながらのお話だったのですが、花というよりも私はストレートにだなあって感じたのを今でも覚えています。

 

お盆だからこそ、普段の日々よりも命を大きく感じる。

 

命を願う。

命を諦める。

命から逃げる。

命から追いかけられる。

 

そういう感覚を感じやすいかもしれません。

 

生きていく上で、命に触れる経験のない人というのはいないのではないでしょうか。

 

人の生死や喪失体験は、自分が今まで抱えてきたのに隠したり無視したりした感情を自分に知らせてくる経験でもあります。

 

その「命に触れる経験」から、自分のこれからをどう生きていくと決めたのか???

 

 

また、そこを考えないように見ないように避けながら自分が何を守っているのか。

 

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

そういう時は誰にでもあります。

そういう時こそ、あなたはどうしていますか???

そして、どうしたいでしょうか???

 

 

今日はそんな願ったり思ったりした通りにならない時の心理、

「願わざれども命は咲き、願わざれども命は散る」というテーマで書いていきます。

 

 

願わずとも、責任が大きく自分にのしかかってきた命。

願っても願っても自分の思いが届かなかった命。

 

その現実に打ちひしがられたり、投げ出したくなったり、絶望したりする。

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

そんな時、どう対応していますか???

あなたには、こんなパターンはないですか???

 

 

①現実を見ない

こんなこと大したことではない。

悲しくなんてない。

何か意味があって起こったのだから、傷つく必要なんてない。

むしろ喜ぶべきことなんだ。

こうやって様々な理由を見つけたり、自分に言い訳したり、自分に言い聞かせたりする。

現実逃避して、現実を見ることや自分の感情を回避して生きるようになります。

 

そうしていれば、自分の本当の

悲しみ

つらさ

苦しみ

恨み

怒り

から逃れられるんです。

 

②願ってもムダだと諦める

どうせ自分が願ったところでどうにもならない。

現実は何も変わらない。

それなら自分から求めたり望むことを諦めてしまえばいい。

自分の欲求なんて叶うはずなんてないんだから。

こうやって自分の願いや望みを捨てていく。

自分を放棄して、誰かに自分を預けて依存と支配の中で生きるようになります。

 

そうしていれば、誰かが助けてくれて受け入れてくれて、そうでなければ人のせいにして自分から何も行動しなくていいからラクなんです。

 

 

③自分がダメだと自分を責める

自分がダメだからこんな結果になってしまった。

もっとやれたことはあったはずなのに。

自分さえもっと頑張っていれば違ったはずなのに。

こんな自分でごめんなさい。

こうやって罪悪感で自分をいっぱいにして自分のことをずっと責め続ける。

全ては自分のせいなんだと自己否定しながら生きるようになります。

 

そうしていれば、他の誰からも

攻撃されず

否定されず

無視されず

守ってもらうことができるんです。

 

どれもがこれ以上に自分が傷つかないように、必死に守ろうとしています。

 

現実を真っ直ぐに捉えてしまうのが怖いんです。

 

現実ではないものを、何とか辻褄を合わせて現実にしようとしているんです。

 

恐怖で自分を止めているんです。

 

自分の本当の気持ちを消すことで生きているんです。

 

 

上にあるパターンは

自分の本音を

見ない

諦める

責める

ということをしているんです。

 

 

自分以外の誰かからでないと、自分の命の保証や生きるチカラはもらえないと思っているんです。

 

それくらいひとりだったんです。

 

実際に誰かが側に居たかどうかではないんです。

 

そのあまりにも悲しい出来事が起こった時、

自分がすくんでどうしていいか分からない出来事に遭遇した時、

誰にも受け止めてもらえなかった。

自分はひとりなんだと痛感してしまったんです。

 

これ以上

ひとりにならないように

ひとりを感じないでいいように

現実でないものを現実にします。

 

自分の本音が分からないと、本当の気持ちでないものを本音にしてしまうんです。

 

願ってないことが起こる

願ったことが叶わない

 

そんな自分をなくしてしまいそうな時こそ、自分の感じた感情を信じずに応えないと、無力感がどんどん募っていきます。

 

自分がどんどん分からなくなるなら。

自分をどんどん捨ててしまうなら。

自分をどんどん追い詰めてしまうなら。

 

願った通りにならない。

思った通りにいかない。

 

その時こそ、あなたが自分の本音でないものを本音にしてしまっていないかを確かめてみるといいですよ。

 

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未来は処刑台。。。

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

自分の過ごしている毎日が、イヤになることって時にはありますよね。

 

落ち込んだり

ガマンしたり

流してきたり

言い訳したり

不安になったり

怖くなったりした時に

ふと、今を投げ出したくなる。。。

 

今を投げ出してさっさと楽しいことが待っているはずの未来に行きたいなー。。。

今じゃない場所に行けたら、このイヤな気持ちもなくなるのになー。。。

今が不安だから、先のことなんて考えられないなー。。。

今がこんなにイヤなんだから、もう先に進みたいなー。。。

今がこんなに苦しくてつらいなんて、もう逃げ出したいなー。。。

 

 

それほどまでに、今がつらい。

だから、今ではないどこかに行きたいと思ってしまいますよね。

 

でも、その苦しくてつらい今から抜け出して進んだ時に、またその未来でも同じような苦しみやつらさが待っていたらどうでしょうか???

 

その未来に進みたいと思うでしょうか???

 

今日はそんな今がもうイヤ!となのに動けない心理

「未来は処刑台。。。」というテーマで書いていきます。

 

 

 

 

 

<本当の問題は何か?>

 

今がもうイヤ!だから次の未来へと動き出したいのに、進むことができない。。。

 

ここに潜んでいるのはダブルバインド、愛着の問題です。

 

進みたいのに進めない。。。

留まるも地獄、進むも地獄。

どちらに行っても地獄。

この二重拘束の状態をダブルバインドと言います。

これってとても苦しいし、どうしていいか分からなくなってしまいますよね。

 

今をイヤだと思うからこそ、先の未来に進みたい。

でも、未来に行くのも何だか怖い。

 

この時あなたが自分に聞いてみて欲しいのは、先の未来に進むと自分に何が起こると思っているから怖いのか?という質問です。

 

例えば、

ひとりぼっちになる

ここにいられなくなる

責められてしまう

そんな生きていられないような感覚の怖さがあると思います。

 

これって怖いですよね。

だから進めないわけです。

 

そしてその怖さを持っておくメリットも当然あるんです。。。

 

その怖さを持っておけば、未来に進まなくていいんです。

 

 

これって不思議だと思いませんか???

あんなに進みたいと思っていた未来にどうして進みたくないんでしょうか???

 

それは、進んだ先の未来に安心がないと自分が思っているからです。

 

未来に進んだところで、進んだらまた今と同じことが待っている。

今と同じ苦しみが続く。

今のつらさはずっと消えない。

どれだけ頑張って前へと未来へと進んでみても、またずっと同じことが続く。

苦しみやつらさから永遠に逃れられない。

 

これって絶望です。

 

人生とは苦しみ。

人生とは絶望。

これが自分の人生の前提になっているんです。

 

なので、苦しみやつらさを抱えている今がイヤで先の未来に夢を描いて行きたいけれど、進んだところで「人生とは苦しみ」、という自分の人生の前提がある限り、苦しみや絶望が自分にとっては当たり前なので、「人生とは絶望」という感覚をまた夢を描いた未来でも感じてしまうことになります。

 

頑張って進んだ未来でも、また今の苦しみや絶望を感じてしまう。

 

それこそ自分には耐えられない。

 

人生はこんなもの、と自分を諦めてしまわないとやっていけない。

 

でも、どこかで自分はこのままでいいのかと諦めきれない。

 

そうやって今と未来を行ったり来たりしながら、イヤでも今がまだマシだと選んでいるんです。

 

今という場所は、終身刑の牢獄。

でも、進む未来は処刑台。

 

今にも、未来にも安心感が持てない。

生きるということに不安しかない。

 

その自分の安心感のなさが問題なんです。

 

 

<このままだとどうなるか?> 

 

自分の人生を生きることに安心感を持てないので、その恐怖心や絶望から逃れることに必死になります。

 

どうやったらこの怖さや苦しみや絶望を感じなくていいのか、

感じないでいいように何かに依存したり

感じることのないように自分を押さえつけたり

コントロールできるようになかったことにしたり

逃れることで自分を守ったり

周りの状況や人を変えようとしたり

繰り返しながら今をずっと誤魔化して、希望の未来に行きたいと夢を見ることで生きることをやり過ごそうとします。

 

未来の処刑台に行くくらいなら、終身刑の今を消化して生きるんです。

 

逃れて

避けて

コントロールして

自分を失くして生きていくことになるんです。

 

<解決に向けて>

 

人は、怖さを抱えたままで未来には進めません。

ましてや、絶望しか待っていない未来に進むのに足が止まってしまうのは当然です。

 

まず、確かめていくのは

本当に人生は苦しく絶望的なものなのか?ということです。

 

終身刑の今を変えたいと思った時に、処刑台以外の未来を自分が描けていないんです。

 

今にも未来にも安心が見えない。

 

自分を生きることをしようと決めた時に、安心感がなければ進むことなんてできません。

 

今まで苦しみと絶望とを生きる力に変えて、自分から逃れるために動いてきたんです。

 

苦しみや絶望ではなく、安心感を生きるチカラにする。

 

そのためには、自分を生きると壊れてしまうくらいの怖さを感じている自分に気がついてあげること。

 

 

安心感で人と繋がり生きていくことを自分が決めること。

 

 

その自分の抱えている根本の怖さを見ていくことで、この問題は解決へと向かっていきます。

 

 

全てをひとりでやらなくていいんです。

 

自分ひとりでやれないことを人に頼んだり、助けてもらうことは依存でも甘えでもないんですよ。

 

 

 

 

 

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求めるなんてできない!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

先日、4歳児の子どもがケンカをしていました。

 

きっかけはお互いも覚えていないような些細なことでした。

 

遊びがエスカレートしてしまい「〇〇ちゃん、キライ!!!」と咄嗟に出た言葉に、相手の子も怒ってしまいました。

 

お互いに硬直状態が続いていたので、双方の話を聞いてみました。

 

キライという言葉で、自分のイヤな気持ちを表現した子。

キライという言葉に傷ついて、相手に怒っている子。

 

本当はどうしたいのかを聞いてみると、お互いに仲直りしたいとは話しています。

 

1人の子は「仲直りしよう。」と伝えるのですが、もう1人の子はうつむいたままです。

 

でも、仲直りはしたいんです。

 

どうしたいのかは心の中にあるんだけど、それを伝えるのが怖い。

自分の気持ちを否定されると自分そのものを否定されているようで怖い。

何だか自分の負けを認めてしまったようで悔しい。

 

まるで、そんな複雑な気持ちと自分自身が戦っているように見えました。

 

自分はその友達のことを大好きだし、また遊びたい。

だけど、自分のその本当の気持ちで相手を求めることが怖い。

 

もちろん、大人のわたし達にもそんな求めることの怖さを感じる時がありますよね。

 

しかも、そう近しい関係でなければまだできるのに、距離が近ければ近いほど自分の気持ちのままに求めることができなくなってしまう。

 

今日はそんな求めることができない心理、

「求めるなんてできない!」というテーマで書いていきます。

 

<本当の問題は何か?>

 

近ければ近いほど相手を求めることができない。

拒否、拒絶、無視されるのが怖い。

自分が負けた気がして、求めたくなくなる。

 

ここに潜んでいるのは愛着の問題です。

 

なぜ求めているのに求めることができないのか?

過去、求めた時に大きな

悲しみ

怒り

絶望

を感じてきたからです。

 

そんな思いを味わうくらいなら。。。と求めることを諦めてきたんです。

 

求めることは、自分を否定されること。

求めに応じてもらえなかった自分に価値なんてない。

 

そうやって自分の本音を抑えつけてきたんです。

 

求められないのは、本音で人と関わることができないからです。

 

自分で自分の本音を抑えて、言い聞かせて、分からなくしておくんです。

 

そうすれば、人との関係で傷つかずにいられる。

 

そうやって自分で自分のことを懸命に守っているんです。

 

自分の本音で関わって傷ついてしまったら、自分が壊れてしまうほど怖いんです。

 

求めることが怖いから、先に諦めておく。

 

それほどまでに自分の中に安心感がないことが問題なんです。

 

この状態を脱愛着と言います。

 

 

<このままだとどうなるか?>

 

求めることをせず、自分の本音を隠して人との関係を続ける。

それは、

自分を諦め、相手の望むように生きていくということです。

 

そうしていれば、自分の中にある怖さも感じなくていい。

 

求めても求めても何の返ってこない。

求めたら違うものが返ってくる。

 

これってとても怖いことです。

幼い子どもであれば、これは自分の生死に関わります。

 

それでもわたし達は、

全てのことを自分でできるわけではありません。

全てを諦めて生きていけるわけでもありません。

 

怖さを避けて求めずに生きていても、困る時が出てきます。

 

その時にこの脱愛着の状態だと、

  • ひたすら自分に鞭を打って頑張り続ける
  • 誰にも本音を話せず孤立する
  • 弱い自分を隠そうと大丈夫に振る舞う
  • 周りが分かってくれないと攻撃する
  • 誰かが気づいて助けてくれるまで待ち続ける

ということを繰り返して、

自分の

無力さや

孤独や

虚しさを

避けるつもりが余計に味わってしまうことになってしまいます。

 

避けるために求めずに自分で何とか頑張ってきたつ持ちが、求めないことで余計に自分の不安をどんどん募らせていくことになります。

 

これはあなたが、

頑張ることが

避け続けることが

諦め続けることが

できなくなるまでずっと続いていくんです。

 

 

<解決に向けて>

 

あなたの本音は、本当は求めていたんです。

 

求めていたのは、あなたの両親ではないですか?

 

あなたは

お父さんを

お母さんを

必死に求めていたんです。

 

もらえないくらいなら。。。

違うものが返ってくるくらいなら。。。

そうやって諦めてきたけれど、諦めてしまうその前は、

 

お母さん!

お母さん!!

お母さーーーーん!!!

 

と心でたくさん求めていたはずなんです。

 

お母さん愛して。

お父さん聞いて。

お母さん抱っこして。

お父さん守って。

一緒にいて。

お話しして。

こっちを見て。

大事にして。

笑って。

この気持ち分かって。

 

そう求めていたんです。

 

そして、

お母さん、大すき。

お父さん、大すき。

そのあなたの本音を伝えて受け取って欲しかったんです。

 

その自分の欲求を認めて感じることが怖くてたまらないって、その自分をもう受け入れてあげていいんですよ。

 

求めることへの怖さを見ていくことで、自分の本音を信じられるようになっていきます。

 

ひとりでは怖い。。。

 

それって当たり前です。

 

自分のために求めること、その怖さを受け止めてもらうこと。

 

そこに向き合うことで、自分から求めていくことができるようになっていきますよ。

 

冒頭の子どものケンカですが、

自分の気持ち、伝えるの怖いね。

でも、〇〇ちゃんの気持ちだから、〇〇ちゃんじゃないと伝えられないね。

伝えても怖くならないようにここで見てるから、自分の気持ちお話ししてみたらいいんじゃない?

 

というと、泣きながらまた一緒に遊びたいと言えました。

仲直りしたらわたしはその場に置き去りで、もう2人の世界でしたが。。。

 

安心感がないと本音は話せませんよね。

自分自身の根幹を不安なまま出せと言われてもそれは無理です。

安心感は、最初は人からもらったらいいんです。

安心させてもらっていいんです。

ぬくもりをもらっていいんです。

そこからどうやって育てて育んでいくかが自分との愛着なんだと思います。

 

 

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勝手に決めつけないで!!!

#リトリ福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

何かを決めつけてくる人っていませんか???

 

 

決めつけられたり、誤解されたりすると、「勝手に決めつけないで!」って思いますよね。

 

 

先日、歩いておりましたら前方から人が。。。

 

目線を確認しつつ反対側へと避けたんですが、何と裏をかかれ、逆球、フェイントのまさかの同じ方向に動き、ジャンガジャンガ状態になってしまいました。

 

こっちに動くだろう。

こうなるはずだ。

こうなるに違いない。

 

そして、それは自分の思うような結果にならなかった時にこそ起こります。

 

自分が望むもの、必要なもの、求めているもの、それを相手が満たしてくれなかった感覚なんです。

 

その満たされない気持ちが、勝手に決めつけないで!と怒りに変わっていくんです。

 

 

今日はそんな相手から決めつけらた時の心理、

「勝手に決めつけないで!!!」というテーマで書いていきます。

 

 

この、決めつけ。

これは、自分がされることもすることもあるんですね。

 

  • 心配してないから助けてくれない
  • どうでもいいと思っているから分かってくれない
  • 連絡をくれないのは愛してないから
  • 話を聞いてくれないのは面倒くさいと思っているから

 

ナドナドこういったやりとりを言ったり言われたりしたことがあるという人は多いのですよね。

 

あなたはこういう人!

これってこういうこと!

そうするってことはこういうこと!

 

確認しない思い込みは、相手への決めつけに変わっていきます。

 

 

ただ相手から決めつけられた時に、相手に対して

「それは違うよ。」

「それはイヤ。」

とNoをはっきり伝えられない。

 

そこで「誰もわたしを分かってくれない。。。」と思ってしまうなら。。。

 

あなたの中にこんな問題が眠っているかもしれません。

 

<本当の問題は何か?>

ここにあるのは愛着の問題です。

 

自分のことを決め付けられるのは、誰しも良い思いはしませんよね。

 

しかし、決めつけられた時にその訂正や自分の思い、不快さを相手に伝えられていないんです。

 

なぜ、伝えられないのか。。。

求めていたものと違うものが返ってくるという怖さを抱えているからなんです。

 

 

違うものが返ってきた時に、

愛されない

理解されない

孤独な

必要のない

否定された

そんな自分を感じてしまうのが怖いんです。

 

 

だから怒りで相手を責めることで、この恐怖を感じないようにしているんです。

 

でもそれは、自分の心の中だけで起こっているんですね。

 

伝えないことで「自分は要らない存在」という空っぽさを感じなくていいように、精一杯で自分のことを守っているんです。

 

だから

「決めつけないで!」

「分かってくれない!」

と言いながら、自分の中にある空っぽな感覚を相手に埋めてもらおうとしているんです。

 

 

自分のことは自分で決めると怒りながら、自分の思うように相手から理解されたいと思っているんです。

 

 

これって一見すると自分軸のようで、実は他人軸なんです。

 

 

決めつけられたことに、分かってくれないことに怒りや悲しみを抱えながら、自分ひとりでは抱えきれない「自分は空っぽ」という自分が最も感じたくない怖い感情を感じなくていいように避けているんです。

 

<このままだとどうなるか?>

いつも怖いという感情を感じなくていいように、あらゆることから逃げ続けないといけなくなります。

 

人生において、いつも選択肢が「逃げる」になってしまうんです。

 

決めつけないで

分かってくれない

という怒りと悲しみを使って、

自分は空っぽ

自分には何もない

という見たくない感情から逃げ続けることになります。

 

そして、その怒りと悲しみを握りしめて、頑張る力に変えていくんです。

 

 

頑張り続けていたら、自分の存在価値を証明することができるから。

 

だから恐怖から逃れるために頑張ることをやめられなくなってしまいます。

 

それは、自分がボロボロになるまで、そして倒れた後も続いてしまいます。

 

 

<解決に向けて>

 

自分が欲しかったものを満たしてもらえなかったのは、あなたの価値がないからではないんです。

 

満たしてもらえなかった子ども時代の過去に、あなたは悲しかったし、怒っていたんです。

 

そして怖かったんです。

 

それを消そうと頑張ることでカバーしようとするから生きるのが辛くなってしまいます。

 

本当に向き合い、確かめないといけないのは自分の「空っぽ」という無価値感です。

 

本当にあなたは無価値な人間なのですか?というところなんです。

 

自分の欲求が満たされても満たされなくても、あなたは無価値な人間ではありません。

 

「決めつけないで!」という思いは、

「わたしが居なくてもいい存在だなんて勝手に決めつけないで!」という自分の中の叫びでもあるんです。

 

 

そしてそれを持っておくことで自分を必死に守っていたし、決めつけられる自分で居たかったことに気がつくことです。

 

 

今のままか

手放すか

 

 

それは誰からも決めつけられることではなく、あなたが自分で決めることができますよ。

 

 

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だって!どうせ!でも!

福岡の心理セラピスト(リトリーブサイコセラピー)の前田 ひとみです。

 

登園してきた子どもたちとの会話の一コマに、こんな会話があります。

「せんせーい!

タオルがなーい!

コップがなーい!

お帳面がなーい!」

 

「カバンをよく探してみて。」

 

 

「なーーーーーーーい!!!」

 

 

「ホントや。。。

今日、忘れたね。

どうしようかー。」

 

 

「だって、ママがわすれたもん!!!」

 

子どもの園生活でよくある朝の光景です。

 

子どもも、忘れたことを良いことだとは思っていないし、当然忘れると自分も困ります。

 

そして何より、先生から怒られると思って、怒られないように、お母さんが入れ忘れたから自分のせいじゃないよ、と自分の正当性を主張している訳です。

 

家庭と社会の違いとして、園生活では

「自分の使うものだから、自分で準備して確認しようね。」

と先生は言いますが、子どもはなかなか納得できないことが多いように思います。

 

子どもがまだ自分に責任が取りきれず、守ってもらいながら生きているのでそう言いたくなるのも分かりますが、さてこれを大人になってまで続けていることはないでしょうか。

 

今日はそんな自分への責任の心理、

「だって!どうせ!でも!」というテーマで書いていきます。

 

 

先ほどの子どもの忘れ物の出来事は、忘れたことを自分から言える場合の会話です。

 

忘れたことを言えず、困ったままでいる子どもも当然います。

 

家では全て、両親から気持ちを察知してもらい、困る前に何かを与えてもらっていた子にとっては、先生が声をかけて自分の気持ちを汲んでくれるまで待つのは当たり前のことですよね。

 

しかし、園生活は社会生活の場です。

 

自分が困った時に、両親は側にはいません。

 

頼れるのは自分のチカラです。

 

なので、泣いて固まって相手を見つめて、自分の気持ちに気づいてもらおうとするんです。

 

これも、ママが忘れたからわたしはこんなに困っている!という涙の被害者の訴えなんですね。

 

さてどちらのタイプにしても、これを大人ににってまで続けているとどうなってしまうのか。

 

仕事や

自分の身の回りの集団や

社会生活で

 

自分の思うようにならなかった時

自分が勇気が出なくて二の足を踏んでいる時

自分が失敗やミスをした時

 

だってあの人が。。。

どうせわたしにはできない。。。

でもわたしのせいじゃない。。。

 

と自分に言い聞かせたり、言い訳したりしてしまいます。

 

普段は気に留めていなくても、思い起こせば咄嗟に

 

だって!

どうせ!

でも!

 

と自分や周りに言っていることってありませんか???

 

 

<本当の問題は何か?>

 

ここに潜んでいるのは愛着の問題です。

 

小さな子どもは、親や養育者に依存しないと生きていけませんが、大人になると違います。

 

社会生活で社会に出た時に、頼ることができるのは自分自身です。

 

しかし、共依存で人に依存していると

頼るものが自分ではなく相手や、周りの人になります。

 

そうすることで、

責められたり

怒られたり

無視されたりすることがなく

安心の感覚を味わうことができるからです。

 

人間にとって、安心の感覚というのは無くてはならないものです。

 

だから、たとえ本当に求めているものでないとしても、束の間の安心を感じることができるのなら、人はそれにしがみついてしまいます。

 

それほどまでに、安心したいんです。

 

安心が、欲しくて欲しくてたまらない。

 

だから本当に欲しい「自分が自分で居ていい」という安心感が得られない怖さやモヤモヤを、

 

でも!

だって!

どうせ!

 

と自分に言い聞かせたり、言い訳しながら自分を持つことを諦めていくんです。

 

 

 

<このままだとどうなるか?>

 

自分を持つことを諦める、というのは

自分が自分であってはいけない、ということです。

 

自分の

思い

意見

意思

主張

欲求

を自分に禁止してしまうんです。

 

自分で捨てることを選んでしまうんです。

 

そうせざるを得なかった、とそんな自分を憐みながら

 

そもそもわたしは

愛されていなかった

大切にされていなかった

望まれていなかった

と自分を納得させようとします。

 

でも、本当には納得できないので

 

そのせいで、わたしは今

こんなに不幸!!!

こんなに人生がめちゃくちゃ!!!

こんなにつらい思いをしている!!!

 

と相手や周りを責めることで納得できない自分の本音を見ないようにするんです。

 

そうすれば、自分の責任じゃない、だから誰か何とかしてよ!!!と主張できる正当な理由が持てた気がするんですね。

 

自分の全てのことを相手や周りに預け、その責任を取れと詰め寄り、自分はこんなにも不幸なんだと言い続ける人。

 

あなたは、この人とずっと一緒に居たいと思いますか?

 

温かい交流を望みますか?

 

当然、相手や周りは離れていきます。

 

責められたり

怒られたり

無視されたりしないように

必死に自分を持たずに頑張ったのに、その結果が孤独だなんてどうでしょうか???

 

<解決に向けて>

自分には生きるチカラがない。。。

そう思い込んでしまったら、自分を預けて相手や周りに頼って生きていくことしかできなくなります。

 

安心できるかどうかは、常に相手や周り次第になってしまうんです。

 

安心感は人からもらうものではなく、自分で育てていくもの。

 

なのに、それができずにずっと安心を与えてもらおうとしている自分に気がついたなら、軸を相手や周りから自分へと戻す時なのだと思います。

 

安心なんて自分にはない。。。

そう絶望することで、求めることをしなくてよかったんです。

 

 

あなたが本当に恐れていた

求める怖さ、

受け取ってもらえない不安、

そして

自分を持つことへの怖さ、

 

ここを見つめていくことでこの問題は解決へと向かいますよ。

 

大人になったあなたは、

自分のチカラを信じることができます。

 

お母さんのせいにしなくても、

自分のチカラで生きることができます。

 

欲しかった愛情をもらえなかったとしても、

求める愛情を自分に与え、取りにいくことができます。

 

自分への愛着、気がついた時に自分へと取り戻していきましょうね。

 

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