寒い季節となりました。
寒いと古傷が痛む、という話をよく聞きます。
寒いと色々なところが固まったり、血管の収縮が起こったり、皮膚も萎縮したりすることで、古傷が傷んだり、痛みが悪化したりする経験をされた方も多くおられると思います。
心も同じで、気持ちの中で寂しさ、かなしみ、つらさ、苦しさ、理不尽さ、のようなさのような寒さを感じると、過去の心の傷が痛みとして出てくることはあると思います。
過去の喪失の痛み。
それなのに今の痛みのように胸がチクリと痛む。
これもまた、多くの方が経験されていることなのではないでしょうか。
今でも胸が痛む理由
もう充分すぎる程にかなしみ、嘆き、怒り、恨み、絶望したにも関わらず、今でも胸がチクリと傷んでしまう。
それはあなたがもう、喪失の傷をひとりで抱えきれないからかもしれません。
そしてそれはあなたの弱さなのではなく、人が誰しも持って生まれてくる「求めるチカラ」が大きくあなた自身に働きかけている時だとわたしは思います。
喪失の傷が大きく激しくあなたに訴えかけてくる時が、少しだけ緩やかなってきたように思える時期が来ることがあります。
自分に起こってしまった事実について、少しだけ受け入れられるようになってきたと思えるその時に、喪失に関する話題や、大きく思い出させる機会や、ふと目に留めた光景に胸がチクリと痛むような、気まずさすら感じる状態を経験された方もおられると思います。
その胸の痛みはもしかすると、あなた自身に喪失の傷だけでなく、あなた自身が今までの人生の中で失い続けてきたものを訴えようとしているのかもしれません。
あなたがこの喪失体験を経験するまで、自分の揺らぎをはっきりと意識せずに人生を過ごしてきたとするなら、それは今までこの喪失体験で失った存在がまさにあなたの心の中心に居たからではないでしょうか。
そうだとするなら、失った存在は今までずっと、あなたの何より欲しいもの、あなたが人生で強く望むものをくれていたのだと思います。
あなたが何より欲しがるものは、あなたが自分自身で何より欠けていると思っているもの、足りないと感じているもの、手に入れてないもの、だと感じているものなのではないかとわたしは思います。
自分を埋めてくれていた存在の喪失
わたしの場合で言うと、それは子どもを失うという喪失体験であり、わたしが自分自身に対して大きな無価値感を抱えていたからでした。
親を幸せにしたいという願いを叶えることができなかったことで、
わたしは親に迷惑をかける子どもなんだ。
わたしが居るから親は大変なんだ。
わたしのせいで親は不幸なんだ。
わたしが存在することはよくないことなんだ。
そのような思い込みを自分の中に信念として信じるようになっていき、それが無価値感や劣等感や自己否定を強めていきました。
だからこそわたしにとって、世界や社会や周りから自分をどのように見られているか、は人生においてとても重要なことでしたし、人から認められる人生を送ることが自分に価値を築いていく方法なのだと思っていました。
周りの人に劣ることがないように、わたしは子どもを持つことを望んでいたのだということが、今では分かります。
子どもを持つことで、わたしは自分が自分の価値を作り、自分を肯定しようとしていたのだと思います。
結果として、妊娠から死産までの時間を息子と一緒に過ごしたことでその存在への愛情が湧き、愛する存在を失った経験もすることになります。
子どもがお腹の中で亡くなっていると医師から聞いた瞬間、わたしに浮かんだ言葉は「ああ、やっぱりね。」でした。おそらく、その後に続けたかった言葉は
どうせわたしは上手くいかない。
どうせわたしには出来ない。
どうせわたしは大事なものを失う。
そのような自分に対する諦めや不信感、自分性に対する絶望感や憤りだったのではないかと思います。

それほど妊娠している期間、わたしは自分に価値があるのだと確認することができたし、自分は人と同じようにできると自信を持つことができたし、幸せを持っている人間なのだと感じることができたのだと思います。
それほど息子という存在が、わたしの心から望んでいたものを満たしてくれていたからだと思います。
あなたが本当に求めていたもの
人は失ってみて初めてその存在の大きさを知ると言います。
そしてそこには、満たされない想いだけではなく、深く強い愛情も確かに存在することをわたしも知っています。
今思うと人の心にそのどちらもが存在することはとても自然なことなのですが、過去のわたしのように心の傷がそのままになっていると、満たされない想いを求めるか、強い愛情を向け続けるかのどちらか一方に傾きやすくなってしまうのだろうと感じています。
もしもあなたが、過去のわたしのように自分に足りない何かを誰かや何かに求めているとしたら。
あなたは今でもずっと探し続けているのかもしれません。
あなたの心の傷を心の奥から理解し共感をくれる誰かを。
あなたという人間をそのままに受け止めてくれる存在を。
もしもあなたが、自分の中にその気持ちがあることに気がついたのなら、求めている自分自身をどうにかして止めるよりも、あなたがそれほどまでに求めているものがあることをまずは誰かと共に分かち合ってみてほしいとわたしは思います。
強く求めることは悪いことではありません。
そこには求めて叶わずに傷ついたままになっている過去のあなたが居るはずです。
その今でも行き場のないままの心に触れることが今のあなたには必要になります。
傷ついたままのあなたをどうにかするためや、何とか癒すためではなく、今のあなたをあなた自身がそのまま受け入れていくために、自分以外という第三者の誰かの存在が必要なんです。
これは決して、傷ついた心をそのまま放置することにはなりません。
まずは傷ついた自分が存在すること、過去の心の傷が今の自分にも影響していることを知ること、誰かに話を聴いてもらい自分を受け止めていくことが、これからのあなたの心の土台となるからです。
まさに今、その土台を作るのは自分だけでやることだ。もしくは、そんなことは自分にはできない。とあなたが感じるなら、まさにどちらか一方の心の傷が今でもそのままになっているのだとわたしは思います。
グリーフケアではこのようにあなたの中で過去と今の傷が混じっていたり、求める気持ちと与える気持ちとがどちらかに強く傾きすぎている状態の心を、あなたと共にひとつずつ整理し、分けていきます。
あなたがあまりにも自分に起こった喪失に対して離れることに罪悪感を感じたり、喪失を経験した自分に対して無価値感や自責の思いを抱いているのなら、今こそ過去の傷ついたままの自分と、今の失って悲嘆している自分とをひとつずつ誰かと共に分けていき、その想いを分かち合ってほしいと思います。
それが、喪失を抱えながらこれからを生きていくことだとわたしは思います。
どうぞ安心してご相談くださいね。

ご予約はこちら
