心の傷の回復過程で大切なこと。

心の傷を回復していくにあたって、その目安となる回復段階は存在します。

しかし、その回復段階は、いきなり目的地が存在するのではなく、そこに向かう過程があってこそのゴールとなるのではないかとわたしは思います。

回復の過程を大切にすること

回復だけでなく、心の発達段階においても何かに躓いたまま飛ばしていたりそこを充分に経験できていなかったりした場合、再度その過程へと戻ることがあります。

段階のひとつを飛ばして次に進んだように見えても、経験していない段階を経験することで改めて動作や思考がより滑らかにできるようになるからです。

そして、発達段階は進み続けることが大切なのではなく、その場に留まることも必要になることがあります。

特に躓いたり止まったままの時や、怪我をしたり傷ついた時は、そこに留まることで人は心や身体を回復していくからです。

回復過程を知っておくことの良い点として、これから先に自分に対して起こり得ることが分かっていると自分自身が揺れ動くことが少なく対応できることもあり、人は安心を感じることができることだと思います。

グリーフの回復においてもその回復の段階や過程を知っておくことは、途方に暮れている時に、今の自分の状態やこれからの自分に起こり得る状態を知ることができることで、傷ついた心のお守り的な存在になると思います。

けれどその段階や過程は、これからの自分に起こるであろうことの一覧みたいなもので、Ⅰの次にⅡに向かい、Ⅱを終了したことでⅢ進む、というものではありません。ⅠからⅢにいくこともあれば、Ⅱから始まることもあります。Ⅲに居ると思っていても、Ⅰに居たり、Ⅱを中心にぐるぐると回ることもありますよね。

赤ちゃんが寝返りから歩くようになるまでを考えてみても、寝返り、頭を持ち上げる、座る、ハイハイをする、つかまり立ちをする、歩く、という段階はありますが、頭を持ち上げるところから始まる子もいれば、いきなりつかまり立ちを始める子もいるように、それぞれのできそうなところから挑戦が始まり、その後、他の動作も行えるようになっていきますよね。

回復過程を知っておくことに良くない点があるとするなら、それはその一つ一つの段階にこだわってしまうことではないかと思います。

知っているが故に、その順序で進んでいかないことに対して不安を抱えたり、その自分を責めてしまうということが起こりやすくなってしまうからです。

喪失の段階や過程というのは順番通りに自分の心の回復が進んでいくことが重要なのではなく、そこに居る時にあなた自身がどう在るのかをあなたが知り、受け止め、受け入れていくことにあるのではないかとわたしは思います。

自分が回復に向かうことで、失った存在の繋がりや関係性を一度終わらせてまうように感じたり、失ったものは戻らないのだから今ある関係の中で関係性を築き直すように感じる人にとっては、失った大事な存在との間の確かに存在した絆を思い出すことは心の安定となるし、支えともなります。

一方で、距離を保てていた方が自分の心が安定するのであれば、距離を取る関係性もあっていいとも思います。

思い出さないという選択が必要になる関係性も存在するからです。

自分にとって思い出したくなかったり、嫌な気持ちと共に想起したり、自分を大事にされていないと感じる関係性に対してその段階を当てはめてしまうと、思い出せ、ちゃんと見ろ、しっかり向き合え、と言われているようで不快な繋がりにしかなりません。

自己否定をしている自分を否定する

ゴールや解決とされる所がどれだけ明確にされていたとしても、その場所の対して自分が違和感があるのに向かうことは難しいと思います。

そのゴールが今の自分に違和感があると感じられればまだ良いのですが、違和感に気がつかないまま段階通りに進めない自分を責めてしまうことが起こると、あなたの心は回復どころか、より自分への嫌悪感が募ってしまいます。

これは、喪失体験でただでさえ自分を否定する気持ちが強くなっている時に、より自己否定を重ねてしまうように思います。

喪失体験から回復できない自分を、誰よりも自分が責めてしまうという自己否定を否定するという二重の否定状態となってしまうんです。

回復への過程を見ていくことで余計に自分を否定し苦しくなっていくことは、あなたがあなたの人生を諦めたり、悲嘆したり、投げやりになったり、ただでさえ喪失体験で揺れている自分を、自分自身が追い詰めていくことになりかねません。

あなた自身がどのような繋がり直しをしたいのかは、その失った存在との今までの関係性にもよるところが大きいと思います。

自分に対して、否定している自分を否定する状態が続くと、誰よりあなたがあなたを受け入れることが難しくなってしまいます。

喪失体験をした時というのは、そもそも自分を失っている状態でもあります。

自分を失っている時に必要なのは、前を向くことではなく、あなたが自分に目を向けることです。

喪失からの回復のひとつは適応にあるとわたしは思っています。

失ったこの世界に少しづつ適応していくということは、自分の気持ちを無視しながら無理に前に進んでいくことではなく、自分の肯定している気持ちも、否定している気持ちも、どちらも存在することをあなた自身が受け入れていくことでもあると思います。

受け入れるとはどういうことなのか?

距離のある関係性において、受け入れるということはどのようなことなのでしょうかわたしは、受け入れるということは事実を見ることだけでなく、自分の中で距離を置くことが安心である関係性と、これから大事にしていきたい関係性とを自分で選択していけるようになることであると思うんです。

思い出すことが全ての繋がり直しとはならないことを自分が自分に認めてあげられることであり、関係性において相手を許せない自分を許すことではないかとわたしは思います。

そしてその中にも、受け入れられたいと願う反対側の幼少期の自分の想いもあるのであれば、その想いも許してあげることだと思います。

受け止められないという自分の否認を容認してあげる。

自分の容認の中に否認の存在を受け入れる。

そのように失った自分を受け入れていくために、自分に起こったことを理解していくという「語ること」がとても必要なことになります。

やり場のないそのあなたの想い。

その想いを出したい持ちと、出すことが怖いと感じる気持ち。

そのどちらもあなたの大切な本音です。

あなたが自分の身に起こったことや想いについて、語ることのできる人、場所、時間を通して、あなた自身が改めて事実や想いを理解していくことがグリーフケアです。

自分に起きたことや想いに決着をつけるためではなく、あなた自身が揺らいでいることを誰かと共に受け入れていくことです。

あなたの言葉にできる想いも、言葉にできない想いもどちらも大切にされる経験をすることで、あなたがあなたの想いを大切にできるようになります。

どうぞ安心してご相談くださいね。